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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

中国は想像以上に進歩的だった

高松空港から空路約2時間で上海に入った。

f:id:Miketoy:20171020043701j:image高松からの団体さん47名いて、2台のバスに分乗である。その高速バスに乗り上海、無錫の街を車窓から眺めた。宿泊したホテルは「ハイアットリージェンシー無錫」、宿泊は53階だがその豪華さにビックリだ。シルクのベッドはとても寝心地が良い。

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インターネットも部屋ごとで使えるようになった。心配した中国当局によるネットの制限は今のところ大した影響はなく使えている。私が今まで泊まったホテルでは最高クラスだと思う。中国は通算で3回目だが、最近では15年前に北京と上海に訪れている。その頃の上海と比べると、この間に著しく成長した。外資を積極的に導入しているというから、欧米系や日本の会社の看板も良く見かける中国の経済の中心地である。ガイドさんの話などからして、私は中国に対して偏ったイメージを持っていたかもしれないとすら思った。無錫の街なみもとても綺麗で、新しい高層マンションも多く見かけ、生活の実態が不明なものの今日の中国は住み心地も良さそうに思える。

旅行直前での作業

今日から3泊4日の中国への旅、今年後半の最大なイベントである。この春までは戸建てに住んでいたから、旅行時は自分自身で家を外敵から守る必要があった。留守が丸出しになると泥棒に狙われるかも?ということで、ブログでもその日が旅行中と明らかにわかる記事は控えていた。それがマンション住まいになったから、(心配は皆無ではないものの)気を使わずにブログが書ける。
そんな外出で家不在時にやるべきことがいくつかあったが、その1つは新聞の留置きだ。地方では夕刊の配達がないから量的には少ないものの、それでも数日となるとポストが溢れるので無視できない。そのために新聞販売店に、いつからいつまで、そしていつ再配達のお願いをするか、不在時の見守りお願いも兼ねた連絡が必要だった。

郵便局は不在になる旨の書類を出せとか、以前には言われたから放置だが、量は大きないだろう。オール電化で風呂の湯あげ日数のコントロールもあったが、それもいまの環境では関係ない。あとはテレビ番組の予約程度だろうか。一番気になるのが、ご近所さんに、どのくらい不在になるのでよろしくと伝えることであった。回覧板も我家でとまったままであると顰蹙ものだから、それも兼ねてそれでも一軒だけの挨拶。それがマンション住まいでなくなっているというか、見守り役はマンション管理人となるので気楽だ。

 

直前には荷物の整理もあるが、特別なことは何もないいつもの通りコンパクトサイズである。ミニマリスト的な旅というには大袈裟であるが、そのスタイルでいつも数日泊の旅をしているし、今後も続くと思う。考えてみれば40年以上前の初めての海外旅行での荷物は、とてつもなく大きかった。中味は今から思うと、バカみたいな不要なものばかり持参していたと思う。世の中と私の大いなる進歩である。

具体的には、ミニのソフトキャリーケース1個と背負い用リュック1つ、そこに通常の着替えと洗面用具を入れる。その他に緊急連絡用のケイタイと情報取得用のタブレットと充電用ケーブル程度である。下記のように妻のiPadmini と 私のiPad mini2、AQUOSガラホを各一台。共通のUSBアダプターと、ケーブルもiPad充電用とガラホ充電用各1個だけを貴重品の機内持込みバッグに詰め込むだけ。荷物の用意は前日で十分だ。国内旅行との持参物の違いはパスポートの有無だけではないか。

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今回は高松に引越して来て初めて海外。(天気が回復すれば)私は家からバイクで空港の駐車場に留め置き、妻はバスで空港へ、そこで落ち合い、昼過ぎに上海に向けて出発することになる。

宿泊するホテルには WiFi経由のインタネット接続が可能なはずでルーターは持参せず。現地でブログ更新ができるはずだが、GoogleFacebook、LINE、TwitterInstagram など情報のコントロールをする中国のこと、トラブルはあるかもしれない。ということで、空港に着いたら差し障りのない記事を予め予約投稿しておき、問題がなければ現地情報に差し替える予定でいる。

無駄な投資を試みる親世代

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社会保障のための財源が不足していると言われる。冗長な費用があるから、そこを見直せば良いという議論もある。それがどの程度できるのかは、現場に近くにいないと良くわからず、あたっていることもあろうが、的外れなこともある。

身近な関係においても似たようなことはある。義母は身体の状況は良くないにも関わらず、施設から自宅に戻って暮らし始めた。 要介護4なので介護保険の支援を受けているが、固定電話も読みもしない新聞の購読もムダだなと、節約家の私からすると冗費が実に多いなと感じる。さらに、家の投資である。エアコンの新設は良いとしても、外壁直し、そして今回はトイレのリフォームの検討をしている。家は、今後に誰も住まないと思われ、いずれ壊すことになるのは確実だ。介護保険で1割負担でお得なので古い家をリフォームというのは、残りの9割は残った人達の介護保険負担や税金から出ていることを忘れている。

私の好みを押し付ける気はないのだけれど、その古い家に手を加えることは実に無駄で、社会的コストの増大、他人の家ながらやや気になる。そんなところに手を加えてまで「自分の家」に固執しなくても、素直に「介護施設」に行ったほうがずっと良いのになと思う。家はご本人にとってとても重要なものと思うのだが、認知症気味だし、いくら勧めても理解してもらえないし、本人の思い込みやこだわりがあるからくすぶるだけ。だから好きなようにやらせるだけであるが、お金が有り余っているのではないかとすら訝ってしまう。

親世代への冗費は年金を若い人たちより良い条件でもらっているだけでなく、介護保険医療保険の様々な分野に数多く存在するのではと、その矛先は豊かな私達の親世代だけでなく自分世代にも向かいつつある。惰性で続いている社会制度の見直しは重要なことだが、また若い世代にもしがらみの大好きな人も数多くいるので「肯定的諦め」をするしかない。現場を知らない的外れな議論かも知れないけれど。