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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

健康保険はどこがお得か

Health

現役で働いている時に、健康保険に関する選択肢はなかった。強制的に勤務先指定の健保組合に入るようなものであった。退職直後は住民税も前年の収入がベースになるから負担は大きいし、現役並みの社会保険料を支払わねばならない。一方で、退職した身では、いくつかの選択肢がある。健康保険のシステムも、年金ほどではないにしろ複雑だ。任意継続や国民健康保険、家族の扶養など、どこに加入するのが有利か比較するのは決して容易ではない。社会保険もある意味では税金だから、節税対策のような位置付けとも言えるから、ベストな選択をという地道な積み重ねが重要になるだろう。

 

私は今年度、健康保険料を約33万円と介護保険料約4.8万円を支払っている。確定申告では社会保険料控除で所得からその額が差し引かれるが、それでもこの金額の負担はあまりにも大きい。月払いなら両方で3.2万円、一括年払いにしているので、多少割引された金額ではあるが、それでも高い。加入したのは、以前に勤めていた会社の特例退職者医療制度の条件を満たせていたので、これは「特例」というくらいだから、加入がお得なはずと信じていたためだ。実際は、昨年1年間の医療保険支払いは、私ゼロ、妻約5万円だ。3割利用者負担で、健保組合負担9.7万円なので、健保分の28.8万円を支払いしている。本部機能の上乗せ分があるとしても、単純に考えて健保組合に対して約3倍もの貢献をしていることになる。

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この健保を見直しをしようかなと思ったきっかけは、昨年の年金事務所での相談がきっかけだ。退職後の再就職先では給与所得が低くなるだろうし、その雇用先の健保に加入できれば健康保険料負担もそれに連動して最低レベルで済む。その会社を退職後は、今度は任意継続でなくても国民健康保険に入れば健保負担は軽減できる(高松市は市民税もそうだが国保も夫婦2人、固定資産の有無も関係してきて高い)。

だから、勤務先の健康保険に入るというのは魅力的なシナリオだ。所得は下がり、それに対応した健康保険料となると、負担月額5千円弱程度のはず。ということで、そちらに乗り換えられればベストな選択なはずだった。しかし労働時間の関係で、健保組合に入る条件を満たさないとのことであった。でももっと長い時間拘束はされたくないこともあり、そこでの健保加入は諦める。結論的には割高だが今の退職者医療制度のまま継続して利用する。後期高齢者になればこの退職者医療制度からも脱会となり、国民健康保険に変わるので、(それまで生きているか不明だが(笑))あと10年の辛抱である。

倍近い保険料の差

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車の任意保険の保険料は、損保会社によって大幅に異なることがわかった。今までは、三井ダイレクト損保だったのだが、他の情報検索をしなかったから、そこで聞いたことを鵜呑みにしてそんなものかと思っていたのだ。

バイク単体の保険でも、本体と同じくらいの料金がかかるので、そのまま本体維持でファミリーバイク特約がお得だと言われて、そう思ってしていた。今後は4輪車はなくなるので、125CCのバイクの任意保険分だけできっちり比較をと思った。今度電話での相談窓口でバイクだけで概算見積りをしてもらったら、今までの等級は引き継げずに全てゼロからの保険料金のスタートとなるようだ。すると、年間で約42000円必要だという。今かかっている自動車保険以上だ。それはないだろうと思い、他を探したら、そのほぼ半額でチューリヒ自動車保険であった。三井ダイレクトは、プランを見直せば良いのに、重要なお客さんを逃した(笑)。各自のライフスタイルで異なる場合もあろうが、私は今後はチューリヒでいこうと思う。

この件に限らず、比較検索をすれば有利な場合は多いのにも関わらず、さぼりがちになるのだが、それは調べる行為自体がやはり面倒なのだ。散々探して、あまり変わりがなかったという骨折り損のくたびれもうけということも、今までもあったから。

今後は暇なので、生活防衛と頭の老化防止のためにも、ネットによる一括見積もりなどで積極的に検索を進めようかとは思う一方で、これで一度保険会社を決めると、今までと同様にこれで数年間は変えないで惰性でいくだろうなとも思う。

いよいよ愛車の廃車だ

16年も乗っていた愛車を、この3月で廃車することになる。その大切にしていた良く整備されていた愛車は息子に無償で譲ったのだが、全く感謝されなかった。好きでもない車の税金を俺(息子)が払うのは嫌だとも言われた。それも一理あるので、渋々ながらこの車の存在している限り、理不尽な話だが私が重量税も任意保険も払うことにしていた。でも、それもこの3月で終わり。

高松に引越していなければ、数年後の運転免許証返納までクルマが壊れるまでその地で乗っていたのは確実なのだが、1年もその愛車と離れていると段々と気持ちが離れていく。私の費用支払いは一年限りと宣言していたので、その愛車は廃車して新車のベンツを買うという。仕方ない。

残したいというのは、私のエゴである。壊れるまで生かしたかった、息絶えるまで大切に扱って欲しかったというのも私のエゴ。そんな私のエゴや歴史とともにある情が残っていたからこそ、あえて支払いもしていたのだ。

このような感じは、私の子との距離も同じだ。もう何年も会っていないと、親子と言えども、気持ちは(無くなることはないが)徐々に離れ薄くなっていく。望ましい親子関係ではないかもしれないとも思うが、親子とも互いに自由であると思っている。

私は自分の気持ちの押し付けをしがちだと言われるので、自戒してはいるつもりだ。気持ちが離れれば、そのエゴ、煩悩から自由になる。もう完全に手離すその時期なのだろう。

You Know the Shape That I've Been In