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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

定年後に読みたい文庫100冊

「定年後」本の批判で話題にもなっている勢古浩爾氏の著作を図書館で借りて読んだ。多くある氏の関連本のうちの1つが「定年後7年目のリアル」だ。

文庫 定年後7年目のリアル (草思社文庫)

アマゾンの書評を見てみたが、あまり良くはないが、私は悪くはないと思う。マイペースで静かな生活こそ、白いご飯のように飽きが来ない、何をしても良いし何もしなくても良いとの氏の主張は理解できる。特に最終章の「生きていることはじんわりと心地よし」は、そこだけ取り出せば、私的には★★★★★である(他の章は★★★なので、全体的には★★★★)。“What a wonderful world” の世界は大いに共感する。また、一昨日の記事の孫引き引用もこの本のその章にある。

 

読み終えて不思議に思ったことだが、定年後の話に節約っぽい話題や年金のことに全く触れていないこと。定年後にはとても重要な生活基盤と思うが、この人は何故それができるの? 何者?という疑問がわいた。そのプロフィールをざっと眺めれば、この頃はその人の老後生活の想像がある程度できるようになった。と言うのは、どういう職場に何年くらい勤続したがで、年金額や退職金は大体想像がつくようになってきたからだ。結論を言うならば、この人は団塊世代で年金的には勝ち組だ。長年の会社を勤め上げたわけだから退職金も十分に出ているだろうし、生活基盤が満たされ全く心配がない人と推測できる。だから、日々の細々とした生活が確立していることを前提にして、その上位レベルの「何をしても良いし何もしなくても良い」のだろう。そういうことがわかると噛みつく人もいるだろうが、妬んではいけない。

私がその後にわかったことは、この人は決して先延ばし、グータラな人ではなく読書家で、「読書」が中核にある人だろうということ。そして、読むだけでなく、書くことも楽しみながらできているので、敬意を表し直したくらいだ。

文庫 定年後に読みたい文庫100冊 (草思社文庫)

ただ、私この定年後に読みたい文庫100冊の中に読みたい本は残念ながら一冊もなかった(笑)。私の読むジャンルは、かなり偏りがあるということを再認識した。また、電子書籍は本ではない、文章が読める機械であって本ではないと仰るが、私が何かを言っても余計なおせっかいであろうし、それは互いの見解の相違である。その種の見解の相違は随所にあるのだが、他の人や本を貶めるのではなく、どうぞご自由にという態度である。私と同じスタンスであり、依怙地ではないように感じる。この人は私とはベクトルの向きは異なりさえすれど、じんわりと心地よく最期までいくのだろう。私も同様に85点を維持したまま心地よくいきたい。

新成人の9割は幸せ?

昨日は成人の日。四国新聞に掲載されていた香川県の新成人対象のアンケート調査の結果を見て驚いた。f:id:Miketoy:20180108085327j:imageタテマエはあるかもしれないが、9割が幸せと感じているとは(香川県が特殊かどうかはわからないが)、信じ難い高数値だ。香川県人の自然環境は客観的に見て恵まれいるとは思うが、彼ら世代が小さい頃から育ってきた社会環境もとても恵まれていたことも事実。親から叱られることなく大切に扱われ、美味しいものを食べ、暖かい服に身を纏い、自分の自由にできる個室があり、お金にも足にも不自由していない状態が続いているのだろう。さらに、理不尽さの満ち溢れる世の中のことまでは目が全くいっていないため幸福度が高いのかも知れない。20歳といえども、まだ子供なのだろう。

現在の他の年代、例えば30〜40代の大人では、幸せ感の数値は、9割と比べるとずっと低いだろう。また、40年以上前の私のその頃は、若くても幸せとは感じていなかったし、周囲の人達も似たようなものだったのでは?と思う。自分自身も大嫌いだったし、親も兄妹も、学校も世の中もと嫌いなものだらけで、大人の世界は煙たいわけのわからない存在だった。

だから比較するならば、不思議で仕方ない。一方で、客観的に見て、どうみても幸せなはずなのにその事実に気づかない人もいる。そんな感度が鈍い人の方が圧倒的だろうと思っていたのだが、恵まれた環境にあることに気づいているのが多数だとすると、(9%は要フォローだが)大きな問題ではなくなる。

また、厳しい社会の現実に直面した時に(今時は多くはないと思うが上司から叱責を受けたりしたら、凹むだろう)、それに耐え得るのか心配だ。どうも、日本の世の中の世代別の真相や、行く末がよくわからない。

成人に成った。They're adults now.

泣ける最期までの穏やかな好日

ある本を読んでいて、そこからの孫引き。詩人の天野忠氏の「私有地」に次のような記述があるようだ。

私有地―天野忠詩集 (1981年)

おじいさんとおばあさんが散歩している。

人通りのすくない公園裏の陽のあたるおだやかな景色の中を。

 

おじいさんとおばあさんがうなぎ丼を食べている。

おじいさんが少し残したので、おばあさんあ小声でたしなめている。

 

(中略)

 

おじいさんとおばあさんが夕暮れの景色を見ている。

「少し寒いようだね」とおじいさんが言う。

「ええ すこし」とおばあさんがうなづく。

 

おじいさんとおばあさんが一つ蒲団の中で死んでいる。

部屋をキチンと片づけて

葬式代を入れた封筒に「済みません」と書いて。

 

(好日)

 

胸にジーンと響き、目頭も熱くなった。生きていることはじんわりと心地よし、最期までこのような好日でありたいと思う。

Rilakkuma KOTATSU set 01