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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

良き頃合いはいつだろう ?

昨日のプログで「人生の総合評価は人生の積分値なのでは?」 としたが、一晩で考え直した。

私達は、たとえ幼少の頃に不幸だったとしても、世を去る最期の時点で十分に満足なら、自らの人生に甘い評点をつけるかもしれないなということである。辛い過去や楽しかった思い出は、(根拠はないが)指数関数的減衰なんて甘いものではなく、すべて水に流されリセットされ認識するのではないか。もし過去の累積があまり意味がないとなると、最期に近い頃の幸・不幸状態がやはり重要ということになる。

病院で何らかの治療中の入院期間の長い状態が最期であると、あまり嬉しくない。いろいろな症状が出てきた状態では、身体の痛みとか、食事もとれなくて点滴状態のこともあるだろう。その状態でも幸せはあるのだろうか。そうとは思えない。また、認知症になるとどうだろうか。記憶や判断力が無くなっているということは、そういうこと自体を考えられないだろう。そのような時に、残った人たちのために生きようと思うだろうか。自らの体験もないし、聞く機会もないから良くわからない。「一瞬の痛みや恐怖を感じる」交通事故のような死に方は、拷問や飢え死によりマシかもしれないけれど、不快なのはできれば避けたい。

そうなる前の何の過不足もない満足した状態の時に、夜に安らかに眠った後に、朝になっても起きず永遠の眠りにつくというのが理想だ。だとしたら、そこそこ満足している「今」が最も旬な死に時だ (笑) ということになる。私の母親は、そして父親はどうだったのだろうか?  天国で再会したら、ぜひ聞いてみたい。

 

*** メラコイデス:  これも根づいた

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