にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

寝たきり老人と暮らす

一週間、妻が寝たきりだった。

私は、ふだんも朝昼は自分一人で作って食べているし、夜ご飯だって何とかできるので問題はない。家の掃除、ゴミ出しなどもだいたい私がしているし、洗濯は任せているがたいしたことはない。必要に応じての、車での送迎運転手や荷物持ちは率先してやる。楽チンのできる理想的な夫ではないだろうか(笑)。ただ窓の桟が汚いとか、風呂の排水口掃除をしないとか細かいところは指摘される。そういうところは、相手の好みなだけで、私は汚れたままでも全く気にならないので、余程のことがなしないだけ、これまた私的には問題ない。完全に自立していると思っているが、やや口やかましいかもしれない(笑)。

 
2人で一緒に暮らしていると、自分だけでは済まず運命共同体的なところがある。連れ合いが真っ青になり嘔吐を繰り返したり、何度も突然倒れたりしたら、こちらも気が気ではない。あたりどころが悪かったりして、翌朝まで気づかないと、下手すると命とりだ。ただ注意を払っているだけならまだ大したことはない。
今回はそんなことはないのだが、もし更に、三度三度の食事、入浴、トイレの介護まで全部をしなくてはならないとなると、これは辛くてやってられないかもしれない。もちろん逆の関係も同程度にあり得るので、その場合も真である。
 
どうも私は機能で考えてしまいがちな癖がある。その延長で考えてしまうと、施設に行くしかないかなと思わないでもない。私自身もそう望むかもしれない。それは相手に対する気遣いかもしれないし、自らのプライドかもしれない。そうなってしまうと、あとはもう下降一直線なのだろうか、何か人生詰んだ感を感じてしまう。そんなシミュレーションをしてしまった。機能で考える思考をしなければよいのだが、ともかく今まで当然のように普通に健康であった日に感謝しよう。