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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

「マッサン」のエリーの心が理解できない

NHK朝ドラの新シリーズの「マッサン」を何度か見ている。実話をもとにしているもので、視聴率は悪くないようだ。しかし、どうも無理のある状況設定のような気がする。私が問題としたいのは、エリーがなぜ政春を好きになったのかが理解できないのだ。彼女にとって、そんなに政春は魅力的な男かな?と思う。なぜ運命の糸と言う名目の下で、異国の人のウィスキーを自国の地にて作りたいという個人的な思いに、そこまで共鳴し、つきあうのか不思議でならないことだらけだ。

英語も決して流暢ではなかったろうし、途上国の田舎者が学びにいく野暮ったさのある中で、得体の知れないものに恋に落ちるというのはどうも腑に落ちない。当然いたであろう英国人の多数のライバル達を凌ぐ素晴らしい何かがマッサンにあったのだろうか。特別な身のこなしの良さ、イケメンなどのセックスアピールで、幻惑されることはあるだろうが、わからない。
恋愛はわけのわからないものだよという反論は聞こえてきそうではある。だとしたら、だれにでも同じようなチャンスはあることになる。それはキレイ事としては素晴らしいが、逆の立場においても本当にそうであるかと、そう言う人に私は問うてみたい。

ともかく国際結婚はあの時代ではとんでいた。ご本人たちは今は軽々と難局を超えられるだろうと思っているかもしれないが、将来に必ず苦労するのは目に見えている。私も親の年代だから、愛する子がそんなパイオニアになって世の中を切り拓く先導役にならなくても、身近に所に他の候補はいっぱいあるよと、保守的なことを言い、制止を試みるだろう。

それでも、わけのわからないことを本人たちが言い続けたらどうするか、それは最終的には折れるしかない。相手の人生だからだ。エリーの親もそうだったのだろう。どうも私は現実離れのしすぎているのは見る気が起こらない。でも、こうやって批判するのは野暮なことだ。所詮ドラマの世界だから、深刻に受けとめないに限る。私はもう見なくていいや、他にすべきことがあるから。

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NHK連続テレビ小説「マッサン」