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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

生活というワクの中でみる男女差

女の人のブログでは、家庭を取り仕切っている人が多いせいだろうか、料理や節約ものをよく目にする。自分なりの枠を決めて、その範囲で改善の努力をするのが得意な人が多いのではなかろうか。ガーデニングでいうなら、庭とか鉢という枠を定め、その環境下でいかに季節の花を組み合わせて美しくさせるかといったことである。Cookpad利用者は2000万人とはすごいが、そこでの料理レシピは典型だろう。冷蔵庫にある食材を頼りの献立では、様々な美味しくする工夫がされ、敬意を評している

学校の制度などでも同様に思う。お上の言うことは所与としてに、文句をつけずに、枠に対しては従順な態度がみえる。ともかく、生活という枠のあてはめは、多くの場合にありそうだ。

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photo by yto

 

一方、私に限らず男性属性をもつ人の中には、外圧によって、制約条件のある枠をはめられるのは好きではない人がいる。枠自体が適当でないことも多い。枠の中での工夫よりも、「そもそも、その枠は必要か?」と暗黙の前提を問い、場合によっては外すのが私は得意だ。理のわかる人なら納得してもらえるのだが、ただひたすら前向きな人にはわかってもらえないことがある。ウザい奴と見なされる場合もあるかもしれない。
ともかく、男女の得意不得意にあわせた役割分担が、無駄を最小化する。同じ生活空間で暮らしていく上では、互いが補い合うということは重要だ。適材適所というわけで、家庭だけでなく、それは組織や国家運営でも同じことが言えるのだろう。