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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

古典を学ぶ意義について

来期に使用しようとするテキストを探している。学生たちは、何を学ぶべきか。労力をかけて学ぶのだろうから、学んだ知識や技能は陳腐化しない原理原則ものであることが必要だろう。私が40年近く前の学生の頃に感銘を受けた本はいくつもあるが、今も生き続けているロングセラーをできればテキストにしたい。その際に、理解度の高くない人達は少なくない現状があるので、できるだけ平易なテキストを探す。Amazon読者からの評判の高いものは、客観性の頼りである。今日のような変化の激しい世の中でも未だ評価が高いということは、それなりの古典といえるだろうと思うので、古典 (ここでは国語の古典を行っているわけではない) を学ぶ意義はそこにある。福沢諭吉の「学問のすゝめ」はそのひとつだが、残るべきものは残る証左だろう。しかし、良い本でも今では入手不可能になっているものも多い。また、中味の「酒」自体が良くても「袋」、すなわち字体や言葉遣いが古いと興ざめだ。そのままでは、今の時代に若い人からは読んでもらえないだろう。

テキストとして受講生分の数を入手できることも必要である。そして私の場合で必要なのは、新しい皮袋に入っていること。すなわち、電子書籍化されていることを基準に選んでいる。それほど古いわけではないが、例えば下記の本は候補である。ただ、古い本をスキャンしただけの自炊本で、文字は電子化されていないため、電子本のメリットをあまり享受できないのが難点だ。
本を読む文化は、消滅しつつあるのではないかという危惧は相変わらず持っている。果たして、こんなテキスト中心な教育で、果たして良いのだろうか?と、何が何だかわからなくなてきている。

新しい科学論―「事実」は理論をたおせるか (ブルーバックス)

 

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