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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

楽になった仕事は IT様のおかげ

電子書籍の出現によって、私は教師としての仕事の付随的な部分がとても楽になった。この手の自分が楽になった部分があるとしたら、人々はこっそりと隠したままにするのではないかと思い、今回記すことにした。

以前は、参考になるホットなニュースを授業の中で紹介するために、新聞記事の切り抜きをしていた。それをスクラップブックなどにしていた時期もあった。ただ、新聞は私だけが読むのではなく家族も読むので、帰宅後にすることが通常だった。ただ、帰宅後は忘れてしまっていることも多く、ファイルすべきだったことや、既にその新聞紙はゴミに出てしまった機会損失はしばしばあった。
幸いその記事が残っていたとしても、記事の図をコピーをとり、切りはりして、一枚のスライドを作るだけで多くの時間を消費し、疲労困憊したものだ。また、本の一部をコピー機で縮小したり拡大したりで、はさみで切り貼りをしコピーし、その繋ぎ目の影が写って、見苦しいため、修正液で直して、再度コピーとり格闘する仕事だ。たった1枚の資料 (トップが使用するときのプレゼン用の資料) の作成のための準備で、何人もで徹夜すらしたこともあった。
 
書画カメラを使ったりすればそのまま投影可能だが、その手の設備が整っていることはまず無い。それが、スキャナーを手軽に入手できるようになってから、少し手間は減った。読み込んだファイルをPDFなどにし、Evernoteなどに保管していれば、容易に取り出せまた加工できる。プロジェクターがあちこちに用意されるようになったのも同じ頃だろう。プロジェクターを使ってパワポで、プレゼンテーションをするのは、今日はどこにおいても見かける風景である。しかし私の場合のプレゼンソフトを使う頻度は、かなり低下して省力化できている感がある。
今日では従来のような切貼り作業は一切不要だ。ただ電子書籍をダウンロードして、そのまま見せれば良い。余計な手間なく、大型テレビがあればタブレットと接続し、タッチ操作で拡大縮小は思いのままだ。投影や音楽再生ができるだけでなく、テキストまで読み上げてもくれる。教師にとって、これを使わない手はない。と思うのだが、汗水垂らして苦しそうにしていると同情してもらえることもありなのだろうか。
 
今では誰もが当然のように、電子機器で文字入力をしている。それらを使わない人は、かつてワープロ文字に対して、文は「手書きでなくちゃ暖かみに欠ける!」とか心が伝わらないとか言い、抵抗していた。その頃の現象と今の電子書籍への人々の態度は似ているように思える。「やはり本は紙で読まなくてはね!」 といっているのは、それと同じように聞こえる。今から10年後にこのブログを見直してみよう。きっと書籍の多くはタブレットに置き換わり、紙の本は希少なものになっていることだろう。
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