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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

教育はいつになっても難しい

http://www.flickr.com/photos/28475454@N04/8204432932

photo by Bread for the World

 

学校教育に限らないが教育は難しい。会社員時代に私は話はわかりやすいと何度か言われ、教える才能があるのでは?といい気になっていた。それは大いなる勘違いだとのちに気づき、大いに自信をなくした。

それ以前の教師になる前の会社員時代に、子どもの学校の担任に愛想をつかしたこともある。授業参観などでも、聞く生徒側の目線に立っていないなと教師を内心批判していた。そのような教育に直接携わっていない人でも、できることは何か。教育として大きく影響を与えられる余地のあるのは、自らの子どもだろう。

但し、そこでうまくいったからと言って、それは一つの事例にしか過ぎない (私がうまくいったという意味ではない。失敗事例かもしれない)。成功者が自分と同じようにすれば成功するはずだという主張も同じである。他者も自らと同じようにすれば上手くいくというのは幻想であり、だからあなたも・・・というのは、機能する場合もあるだろうが、そうでない場合もある。過度の一般化は危険ということだ。

かといって学ぶ方も、一般的なことばかりを聞かされるだけだと、つまらなくて身には入らない。一般化された理論と具体的な事例の両方がバランスすると望ましい。どういう教材を選ぶか、何を配布し、どう板書し、どう言葉を選び、参加をどう促し、場合によっては制止するか、導入はどうするか、そして時間をどう配分するか、学力をどう捉えるか、達成目標をどうすべきか、どのような試験問題を作成し、どう評価するかなどなど、このような状況の時にどう声かけをすべきかという実践的なことは直接仕事に関わっている身においては日々直面していることだが、決して容易なことではない。私も教師生活は14年になるが、あまり進歩していない感がある。

不注意で、先輩や管理職から咎められたりすることもあるかもしれない。ただ、あまり深く関わらない今日では、もたらした結果について軽く触れるだけだろう。首相が大臣に「緊張感を持って、しっかり職務を果たすように」と言うくらいな中身を伴わない空虚な指示が多いのかもしれない。そのような精神論だけでは事態は何も変わらない。