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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

みんな薄々は勘づいている

上村君殺害事件に関しては今回で最後にしたい。多くの人がコトの根本原因には「ああ、やっぱりね」と薄々勘づいているはずだ。何をどう勘づいているか。この手のことは、あまりはっきりとは言わないものだが、一言で言うならば「貧困」の問題、それが未成年の子のもたらした問題だとしたら、具体的には「親の子に対する教育」だと。
貧困からの打開のための機会は、不十分ながら開かれてはいる。奨学金制度から、生活保護、介護支援を含む社会保障がそれだ。しかし、基本的には申請ベースだからか、利用しない人もいる。条件が満たされないかと、ただ待っているモードから脱却しなくてはならない。一つは、そのようなシステムが用意されていることを知識として理解すること、次が条件を満たして利用できるよう努力しようという行動への勇気だろうと思う。
日常で子に接している親は、そういったことを教えていかねばならない。また、知識の伝達だけの学校教育であったとしたら、それは新たなものに変えていかねばならない。その「新たな教育」は、学校にだけ丸投げされても困るもので、親子や地域も関わる社会全体の話となる。
今までは、暗黙知として、それぞれの親が自らの子に(何も伝えないということを含めて)伝えている。子は親の「言うこと」ではなく、そのような親の実際の「行動」を見て学んでいるということ。それは広義の教育といえるだろうが、学校教育で体系づけてどこまでできるかが課題だ。貧困を再生産する社会構造も大きいだろうが、あくまで良好な親子関係が最も基本となるので大切に扱って欲しいというのが (別にオリジナルでも何でもない)私の主張である。