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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

職場での同僚の送別会に不参加

歓送迎会のある季節になった。節約の王道(日経プレミアシリーズ) 林望著の本にいくつかある中で、「飲み会に行かないを公言する」とある。

飲み会は、歓迎会や送別会の意味以外にも懇親会の意味も兼ねている。我が職場では、全て兼ねて年に一度だろうか。この4月から上位校に転出する同僚の送別会には、私は花粉症が酷いということもあるのだが今年も参加しなかった。若い彼にはまだ未来がある。来年は私の番だが、未来はない(笑)。
行かない人は、決して節約のためだけではないだろうし、その共通の空間にいたくないということ等々いろいろあるだろう。私は自分の時に参加者が少ないのは寂しいとの思いもあり、今まで義理の意識で参加してきた面もある。同一の会社などで別の部署に異動とか転勤などの送別会にというのとは訳が違うし、また転職で辞めるのとも違い、リタイア退職となると基本的には後はない。
本来は、長い職業生活をお疲れさまということで、花束贈呈したりで職場の花道をというのがかつての定番だったろう。ただ、私の第二ステージの会社員時代は休職後の退職で、その後に今の関係の転職が見えていて、おまけに時が経ち関わりの深い人は皆無だったから、社員証を返すというだけで何もなかった。

一昨年、定年で送られるそれほど変人でもないような人が、自身の退職送別会に参加しなかった。私もそれに倣い、少し寂しくもあるが送別会の開催を打診されても辞退することは決めている。前例があるとやりやすい。そうは言っても、人間嫌いだとかつきあいが悪いと思われ、言われるだろうが、所詮、もう関わりのないはずの職場だ。立つ鳥跡を濁さずだが、濁す訳でもないから、どう思われようが構わない。

皆、かつての人は忘れていくし、本来的には、去る人のためにやるのだ。本人が良いと言っているのなら、それで良しとしたい。私は自宅で妻とひっそりと来年の三月三十一日に最後の退職の日を迎えたい。