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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

同僚の仕事の肩代わりで逃げる自分

この3月までの同僚で、退職し新勤務先に転出した方がいた。4月になったから当然ながら基本的には新勤務校での仕事が優先される。それは筋であるが、以前からの持ち上がりクラスの担当や移行措置などで、仕事を兼担することは理のある話だ。しかし、誰が担当しても大差のないもので負担の大きいもの、例えば少人数での入門ゼミなどはどうだろうか。転出した制裁かも知れない(笑)が、退職していた彼にも割り振られていた 。No! とは言いにくかったのだろう。

 

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私は彼と会話した時に、「その仕事を割り振られてしまってしまって・・」という決定事項の話だった。他に私を含めて担当可能な専任教員はいるのだし、普通の教師なら肩代りできる仕事との思いで「それは酷いな」と私は応答した。本来ならば私が変わってあげようかと言いたいところだが、組織でやっているので、そんな勝手はできない。割振りのプロセスは密室での話だし、もう既にご本人は了解したのだという思いもあり、それで話は終わった。私は今年は負担は軽かったので少し罪悪感は残っていた。

過重な負担を外部の先生にさせるのはおかしな話だ。だからといって、私がしゃしゃり出て、「私に担当させて! 」というのも変な話である。そもそも、そんなに自ら積極的にやりたい仕事でもない。担当にならなくてラッキー!という思いも正直にいうなら少なからずある (このブログ内容がばれて、お前が彼の負担分をやれ!と言われると、今となってはそれも困る(笑))。


本当に仲間と思い、被害を受けて気の毒に思う同僚ならば、やはり何らかの申し出はするのではないか。(多分私だけではないと信じたいが)そこまでしない口先だけで自らは少しでも楽をしたいというずるい自分の存在に気づかされる。私も逆の立場で、何故自分だけがと、誰も応援してくれないのだろうと思ったこともある。

自然にボランティアをする精神が根づいていない、チーム力が欠けていることとも考えられるが、私はそれよりも仕事の適切な割振りをする管理者に起因する問題と理解している。社会でも似たような不具合はあちこちで起きているのではないだろうか。