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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

きょうは母の日か・・。母は幸せに人生を終えたかな?

今日は晴れの5月の日曜日、いかにも母の日らしい日だ。私の母親は亡くなってから 12年経つが、それまでも親の喜ぶようなまともなことは、あまりしなかったなと思う。一つだけ思い出すのは、私は24歳、会社に入った始めてのゴールデンウイーク後のことだ。気の合う同期生と八丈島に行ったお土産としてアシタバのオイルなどを買って、これで長生きしてくれとか言ったような気がする。時期的に母の日に近かったと思うが、ずいぶん感激していたような覚えがある。

私は自宅から通っていた期間もあるものの、高校くらいから独立していたつもりだ。でも、結婚するまでは月に一度は家に帰って来いということで指示に従った。親子とはそういうものなのかという気持ちもあったのだ。その日曜夕食後の帰り際、玄関先で母親はいつも別れが悲しそうであって、こちらも涙がでそうで、せつなかった(世の多くの息子たちと同様にマザコンだったのかも知れない(笑))。

 

このごろ思うのは、人生の最後は、生涯で多くの業績を「達成」したということよりも、「幸せに終える」ことのほうが重要なのではないかなということだ。結果よりもプロセスということかもしれない。

現役の人たちは、何らかの目的を達成するべく、日常を懸命に働いていることであろう。それはシニア世代になるとそうでない人が多数になる。人生の最後も意識するであろうから、痛みも伴わずに心穏やかに幸せに終えたいと願うようになる。そのあたりの気持ちは、身体の内部から感じるものとして想像できるようになった。恐らく、現役世代では明日はまだまだ、永遠に続くと信じているだろうから、頭で理解しても、あまりピンとこないのではないだろうか。

さて、最期と言えば、母は幸せだったかなと思う。母親はマネーゲームの株生活を意識が薄くなるまでエンジョイしていたから、それなりに幸せだったろう。一方、父親は良くわからない。最後の言葉は、筆談だった。メモ書きに「尻が」と書いて終わった。痒かったのか、床ずれして痛かったのか、あるいは便が漏れたのか今でも不明だ(笑)。でも、子や孫に看取られて逝ったわけだから、これまた幸せだったと信じたい。

 

カーネーションの仲間であるナデシコ

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