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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

嫌な人のいる空間から抜け出したい

旅行は楽しいことのある反面、困ったこともある。見ず知らずの人と出会う共同の空間で、あたりはずれがあることだ。はずれであると、せっかくの旅行が一挙に楽しくなくなってしまう。

今回の旅行での飛行機でも、後ろの席の3人のオジさん達が大声でうるさかった。喋るなとまでは言わないが、もっと声を控えめにしてほしいものだ。多少なら我慢はするのだが、何せ飛行期間中ずっとである。注意を促したかったが、逆ギレされそうなタイプの人達だったので、イアホンのボリュームを最大にして凌いだ。バスでもオバさん連に似たことがあり、バスガイドさんの解説が聞こえないくらいであった。

*** そのバスの運転手さんとガイドさんは良かったのだが・・・

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*** 十勝に向かう道路。松山千春の『大空と大地の中で』の歌の歌詞にある心洗われるような一直線の道。この時は席替えで前の列

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夜間に飛行する 国際線では赤ちゃん連れの若い親にも出くわすこともある。就寝時間頃に泣きやまない子もいる。泣く赤ちゃんに罪はないが、親は少しはなだめる気持ちを持って接してほしい・・といったようなこともある。

そういった騒音問題だけに限らないのだがも公共の場において、(やむを得ない時もあろうが) 私的感覚が共通感覚に優先する品のない人がいる。数パーセンド程度の比率と思うが目立つので困る。その対策のために旅程が予定通り進まなかったり、他者まで費用を余分に負担するとしたら、それはおかしい。


世の大多数は良識のある人達であるので、異質分子を排除したいとまで思ってしまう (が、そうなるとイジメになってしまい、調和のある社会は築けない)。ご本人が自業自得に陥るのは自己責任的結末だが、関係ない善良な別の参加者にまで巻き込んで欲しくない。

 

そのようなことは旅行時に限らず、日常社会のあらゆるところにある。会社組織のような職場はもちろん、地域の関係でもそうだ。ランダムに新規参入となると、嫌な人に出くわさないほうが不思議なくらいだから。そんな嫌な人を私好みに変えることはできないし、逆にも真で、そんな嫌な人のために私も変わりたくないと思い、和解のできないまま別れてしまう。
 
心地よくなさそうな鬱陶しい空間であることを察知すると、そこから自由な世界へ抜け出す試みを私はする。席を外すことができれば、それ以降は関わらないで済むから、「場の選択」には慎重になる。
問題は、こちらがコントロール不能な同じ乗り物のような空間に留まざるを得ない、外へ逃げ出すことはできない共同体的環境の時だ。今回のように2,3日のツアーなら我慢はするが、リタイア旅行での候補のアメリカ大陸縦断バスツアーは2週間同じメンバーでの顔合わせと長い (2週間以上の毎日顔を合わす職場だったら、たまったものでない)。

だからこの手の距離の近い関係は、基本的価値観と感性の合う妻との旅ばかりになっている。嫌な人のいる空間から抜け出したいのは、今の世間に対する「不信」の人間観を私が持っているからかなとも思う。