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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ファイルも頭の中もゴチャゴチャだ

この頃、合間をみて職場の書類や本のファイルをどんどん処分している。引越のためである。すると中には、その情報の「存在」を忘れていたというか、気づかなかった思い出の書類などに出くわすことがある。そこで思いに耽ってはダメだ。その情報はなかったと同様なので、思い切ってバサバサと捨てている。この 1,2週間くらいで、当初の 3分の1位はゴミに出した。自宅の本も半分くらいに減らした。少なくなればなるほど、思い入れのあるものになるので、これから時間をさらに要するようになるだろう。いつかはしなくてはならない作業だ。

 

家のほうでは分別回収をしているから良いのだが、職場では自らの個人情報も含めて面倒である。デリケートな情報も出させてもらっているが、(やりだすときりがないので)悪用されないことを祈り、袋に一緒にボンとまとめてゴミ箱に出している。ゴミ分別は気になるところだが、聞くところによると、古紙回収でされるらしい。ゴミのご担当の方が処分をしているはずなのだが、カートリッジもプラスチックも、洟をかんだちり紙もあるので、申し訳なく思っている。
 
これと同じことが、パソコンやタブレットの中にある。同じような写真画像や、どちらが新しいか怪しい文書である。一つひとつ丹念にやっていたらたまらない。
やはりどこかで、ボンと捨てざるを得ない。若者たちは、スマホだろうから、最後はそのスマホをポイと捨てれば良い。情報がゴチャゴチャなのは、頭の中と同じである。整理しなくてはならない。
 私の年代ならば、この後に生産的な仕事に就かないことも多かろうから、そのような書類や本がなくなってもどうということはないが、そうでない人は大変だろうと思う。
 
関連して思うのことは、身近な情報の「整理整頓」は、人生を送っていく上での重要な生活技術だと思う。モノや情報は時とともに増加していく性格のものだ。果たして、子どものときに学び、進歩するのだろうか。
 ときめくモノだけ残すとか様々な方法が提案されていると思うので、その種の整理法などで発奮し、方法を身につける人もいるだろう。一方、同じパターンを繰り返す人も少なくないだろう。私も他者に教えることなど到底できはしない。ヒントがあるとしたら、野口悠紀雄氏の「超」整理法のごとく時間軸で古い情報をどんどんと押し出して処分していく方法は解決策の一つであろうとも思う。