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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

年金の24万円が30万円だったら?

新幹線で焼身自殺を図った71歳の爺さんの話。
この種の八方破れのトラブルメーカーは、今までは人口比からするならば若い年代での犯罪が多かったように思えたが、とうとう自分の上の年代まできたかと驚いた。その原因は、経済的な問題と言われた。
年金(2ヶ月分)が24万円で少ないかどうかに関しても議論もあるが、東京在住だとやや少ないかなという気もしないでもない。では、30万円だったら事件は起こらなかっただろうか*1
 
そういうレベルの話ではないかもという論がある。次に示す藤野さんの「孤独」だったのでは?という記事を読み、なるほどそうかもしれないと思った。ぜひクリックして読まれることをお薦めしたい。

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確かに「おーい!」と声をかければ変わったかもしれないな。そして、多くの人がいいね!をつけ共感している。見ず知らずの人にまで皆が声かけあうようになったら、この種の犯罪はなくなり、確実に暖かい世の中に変わるだろう。反対する人はいないと思う。しかし、声かけできないんだよな、これが。総論賛成、でも各論は・・という感じか。
 
私は仕事では「おーい!」という声かけのような挨拶を(自分のゼミの学生にだけだが)している。同僚はもちろん学生に私から挨拶するのだ。学生から挨拶されることはまずない(嫌われているからかもしれないが(笑))。いつも挨拶は私からだ。そうしても、無視されることも少なくない。その度に傷つくのだが、めげずに挨拶をすることにしている。ただ、それはあくまで「仕事」だから。
この関係がなくなった時にまで、私を軽んじる人に、へつらいたくはない。福祉の現場でも同様なことはあるかもしれない。そんな考え方が、互いの関係を疎にしていくのかもしれない。
 
知っているご近所のお隣さんですらしていない。あれ!?どうしたのだろう? と思うことがある。積極的声かけをしても良いのだが、外に出ていて向こうも視線の合わないような動きをして(笑)、気づかないふりをし、何もなく過ごす。お互い、触れてほしくない事情があるときもある。それはこちらも同様だ。それが大人の流儀のような感じがしないでもない。
 
知らない関係同士ならなおさらだろう。私なら、余計なお世話!! と鬱陶しく感じる場合も少なくない。とばっちりを受けて不快になるくらいなら黙っていようと、自ら身構えて声をかけないのが今の多数派だろう。

仕事の関係でない関係での声かけ、その実現化は長期戦だろう。本質的な解決策ではないが、それよりも"対症療法" として24万円を30万円にあげる努力の方が効果的な気もしてしまう。ただ際限はなくなるので、根本的解決には与えられた金額に対する各自の「生活態度」によるところこそ大きいと、私は個人的には思うのだが。

*1:タラレバ論だが、その実現性は財源の問題もある。現役世代に今以上に負担させるべきではないだろう。次回に記したいが解決策の一例は、生活保護以外、すべての福祉を廃止したらどう? - Chikirinの日記だ。今回の記事はその解決法が記事の趣旨ではないので註とする。