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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ハメられただけ

今話題の新国立競技場建設での費用問題での改築費は、基本設計よりおよそ900億円多い2520億円とされる。ある調査によると、現行案に 95%が反対、5%が賛成とのことだ。関係者同士の暗な責任のなすり合い、犯人探しは見苦しい。その金額の妥当性はこんな高額となると一般人には感覚的に理解できないほどである。

 

私が会社に入った40年前に、その会社の商品が1億円以上というので、それまでの学生時代に数千円、数百円の単位で動いていた感覚からすると、全くピントのこない桁違いの金額なものであったことを思い出す。その時と似た感覚だ。

営業は契約をとりたいので、多少背伸びをしたり、お客さんに過剰なリッブサービスをする。後にそれを具体化する現場の担当者は、そんなこと聞いていない!とか、営業が独断で勝手に決めた! とか言って問題が露わになる。営業と現場で関係が悪化する、そんなバトルはどこにもある。今回もそれと似たようなものかなあと理解している。

 

オリンピックの招致活動さなかな頃は、多くの人が、ぜひ東京への誘致へとの歓迎ムードもあった。その時は完全に営業の売り込みモードだったので、コストが過大なので修正をとか追求しようものならネガティブな人だと烙印を押され、結果的にコストは雲に巻かれたような感じで進んだ。私もその時には素直に喜ぶべきだと思った。マイナス以上の経済効果などのプラスがあるだろうと思っていたから。あの時は誰かがお金を出すだろうと思っていた。まさか自分が出すとは思っていなかった、ということかな。 

そして今、営業モードが終わり、現場モードの時である。営業から、契約が取れちゃった。もう後には引けないので、無理を承知でお願い!!と懇願され、現場の一般市民が何がなんでもお金を捻出し、実行しなくてはいけない段になっているわけだ。

あまり深く考えずムードに乗った人が多かったわけだから、ある程度の見直しは必要としても連帯責任でしかたないのではないか。あのデザインで、その金額で可能だと日本が(首相が?)宣言したのを私たちは黙認したのだから、国として責任は取るべきだろう。さもなくば、誘致はできなかったろうから、「実は、あれは建前でね・・・」とコソコソ変更するのは詐欺行為で、今となってはオリンピック招致の辞退はできないだろう。

 

きっと富裕層の金余りの誰かが払ってくれるに違いないと信じるしかない。でも、結局のところ彼らの財布の紐は硬いから、払うことに関しては平等に(笑)、すなわち私たち一般国民が泣きを見る結末になるだろう。そうなるとしたら、不本意ながら誰かさんに騙された、ハメられたのさと諦めるしかない。

http://www.flickr.com/photos/45682148@N05/9698750524

photo by Takeshi Life Goes On