にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ブログをやめていく人

ブログを途中で辞めたり、カテゴリー変更をしたりする人がいる。私の愛読ブログだったにほんブログ村きなこさん、そよ風おばさん もいなくなり、とても残念だ。できれば、60代ブログのまま10年後も持ち上がりで、このブログ村の場で70代ブログになり、元気なままで皆さんがブログを書き続けていて欲しかった。

 
該当のカテゴリーを去るということは、それなりの思いがあったのだろう。想像するに、そのカテでイジメを受けたとご本人が再度感じたような状況が考えられる。あるいは、予期せず誰かを傷つけていて、それを間接的に知らされたりもあるかもしれない。また相手を傷つけないまでも、それほど親しくもない知り合いや、ご近所さんから悪気はないとしても「あのブログはあなたでしょう!」と気づかれたりした場合だ。それまで書いた記事には、積極的には見られたくないものもあるだろうから、ブログとともに消したい気持ちにもなるだろう。あるいは創作であったか?、そうとも思えない。
 
多少尖っているからこそ、外野である読者的には面白いので、本音をだせなくなるブログだと物足りない。いろいろな人に配慮し過ぎだしたら、それこそ何も書けなくなってしまう。角が取れて丸くなり、当たり障りのないメッセージのない話にばかりなる。だからといって、他者のためだけに書くべきものでもない。自分の言いたいことを周りに自然に語れるのが望ましい。
もちろん皆がそれなりに学び合わないといけないが、悪貨が良貨を駆逐するような空間であって欲しくはない。
 
そもそも、ネットにおいて「掟」のようなルールがあると主張すること自体おかしい。ブログ村の建国宣言がある。
にほんブログ村 建国宣言

  にほんにブログ文化を広めたい。
  自由で、平等な素晴らしい文化を広めたい。
  ブログを通じて、幸せを、そして生きている喜びを!

  ブログ村の理念は「ブロガー主権」です。
  それぞれのブロガーがブログ仲間と出会って
  豊かで楽しく感動的な人生を送ること。
  すると、にほんは明るくなる。暖かくなる。

  時代はブログを求めていた。
  私たちは時代の要請の中、今ここに 「 にほんブログ村 」を建国します。

  平成16年11月21日 インターネット記念日
  にほんブログ村 管理人一同
 
これ以外は自由なはずだ。コメント欄を開く、閉じているを責められる筋合いはない。きちんと文書化されていないのは、ないのも同然である。古株の人が決め、後から来る人はそれに従えというのは民主的でない。ブログ文化はまだこなれていないのであって、文化は皆でこれから作りあげていくものだろう。
 
文化というか風土その一つ。私のみている範囲だと、ブログ村だと「あるブログによると・・・」と特定しない風土があるように見える。トップレベルのブログ書きがそうしていると、周りは見倣ったりする。
一方、私の使っている「はてなブログ」だと、そのように曖昧にせず、積極的に相手のブログに本文でリンクも貼るし、引用もする*1。それが相手のブログに対する敬意であり、マナーのようなものに思える。ブログ文化の違いと解釈できるだろう。
自分は正しい、あいつは間違っているというよそ者排除の論理の行き過ぎはまずいと思うが、そう主張をする権利はある。
ネガティヴな波動を伴った場合も少なくないが、それを強く推したいのならば、ブログ村管理者に主張すべきもので、最終的には選挙で決着をつけるのが筋だと私は考える。
インターネットは、思想からしていろいろな多様性を受け入れる世界から発している。その新たな利用形態の一つのブログ文化の世界を、試行錯誤しながら後世にも受け継がれていって欲しいと願う。文化は数年でできることはない。あまり急ぎ過ぎないことだろうと思う。
以上が私の主張だが反論もあろう。ともかく「ブログ論」に正解はないシロモノだということには留意しておきたい。

*1:はてなブログ」は、そのようなことをしやすいブログサービスだということでもある。冒頭の2つのブログもクリックすればリンク先に飛んでいくし、私に言及されていることも知ろうと思えば相手にもわかるはずである。