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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ミニマリスト同士でない夫婦は大変だろう

ミニマリスト志向の女性が自分の部屋はシンプルで好みだけれど、夫の方はモノに溢れていて不満、という苦情的なブログ記事をしばしば目にしたりする。我家の場合は、逆とまでは言わないが、似たようなものである。

 

中途半端な理解かもしれないが、ミニマリスト志向は最小限主義のミニマリズム」という主義というか好みを、ぎりぎりまで問い詰めるようなものではないか。それは一人だけで暮らしている分には、実現は可能だろうし、実際にも多くいそうだ。
ただ、同じ屋根の下で生活する複数人数からなる共同空間での人間関係があるとなると話は途端に難しくなる。ランダムな人の組み合わせでの生活のレベルでの細かな好み調整レベルとなると、衝突はしばしば起こるだろう。片方にとって気持ちの良いことが、もう一方では不快で、多大なストレスを抱えることになるかもしれない。
もちろん徐々に相手を教育していくという手はある。でも所詮、ミニマリズムは好みであるし、教育できるほど受け容れられるシロモノなのかは疑問でもある。果たしてそのような原始的なことの調整、解決は可能なのだろうか。
 
私の妻は、好みがはっきりしている。キレイか汚いか、1か 0かを、ばさっと判断する基準を持っている。いわば自分の座標軸が明確なのだろう。 ミニマリストの素養は十分にある。捨てるものは、「汚い!」と言って、ばさっと一刀両断で捨てる。たいしたものだ。私は自分のもので、まだ使えるのは、たとえきたなくても残しておくので、その点ではミニマリズムは不合格だ。
 
幸い、互いに真っ向から反対することはなく十分に許容範囲にある。例えば家を建てる時には、シンプルモダン的な家に心動かされたようだ。私はナチュラルモダン風が好みで意見の相違はあった。しかし、共通するモダンな要素は随所に取り入れているつもりである。好みが一致することもあれば、そこまでしなくても良いのでは?と思うことは双方あろうが、対立するようなことはまずない(・・と思っている)
逆説的だが、「好みでないもの」が互いに一致すれば良いのではないか。
 
ミニマリズムに限らないが、基本的なそのような志向性が夫婦でほぼ一致していれば、幸せに生活できる。一致していなければ、どちらかがストレスを過剰に抱えるが、それ以外の要素も大きいだろうから、あとは総合判断だろう。
そんなミニマリズムの行き過ぎは、共同生活においては持続的生活を営める続けるかは危険性も孕んでいるのではないかと思わなくもない。 

http://www.flickr.com/photos/46253512@N04/7467156080

photo by Kiwien