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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

戦争を知らないままの子供達

フランスのテロ事件で、世界中が怯えている。人ごとでは済まされない話だ。でも、ヨーロッパのこととなると、少し遠い世界のように思ってしまう自分がいる。これが近隣の国のことならより近いかもしれないし、国内ならさらに、また自分の住む地域ならもっと真剣に捉えるだろう。

国内でも、わけのわからない事件を引き起こす不届きものが毎度、ニュースを賑わす。普通の大多数の人は、彼ら犯罪の実行犯を支持することはまずないだろう。
そのような人達を排除せずに問題解決はできるのだろうか。その人、その個人の属性に責任を負わせない。そして、社会や組織構造に起因させ、更生を願う措置をするのだろう。そういう仕事をしている人も少なくない。私には彼等を理解することはできないなと思う。彼らの思考回路が想像を絶するレベルなので、知りたくもないというのが本音なので、サポートの姿勢でなく排除の姿勢の見え隠れしていることはすぐに見破られる。

 

また、一部の変な人のために、その対策費をその他のまっとうな人がの負担をしなくてはならないという仕組みになっているのも不満である。そんなわけのわからない人は増えつつあるとなると、応分の負担は、利便性の低下や税金などの増加で賄わざるを得ない。いろいろな事件で対策を打たれる度にがっかりするが、困ったものだ。

http://www.flickr.com/photos/10506540@N07/3354726208

photo by stevendepolo

 

親世代は戦争を経験して気の毒だった。戦争を知らない子供たちだった私達は、そのまま大人になり平和な恵まれた時代を生きてきた。そして、子や孫の世代では今後も続きそうな組織的テロなどの時代になり、これまた泥沼化しそうで気の毒だ。可能であれば「排除の論理」でなく、平和が続いてくれることを願うことくらいしかできないが、安心して住みにくい世の中、時代になりつつあるのは残念である。