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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ルーツはゲルマン

旅は計画する段階から始まる。見知らぬ地を想像し、ワクワクして楽しい。行けば行ったで、予期せぬことに出くわし、やり抜くことは楽しい。帰国後も、旅行の余韻をブログや写真を整理しながらできるだけ引き伸ばし噛みしめられるので、また楽しい。
外国に行くとなれば、日本の相対的な位置を再認識できる。もうぼちぼち、青い鳥探しはお終いだ。
少し長く続いた旅シリーズは今回でおしまいにしよう。

 

ジャーマンをドイツ語的に読むとゲルマンになる。そうか、ゲルマン民族とはドイツ圏の人達だったのだと今さらながら理解した。今回のヨーロッパの旅の最大の収穫は、私のルーツはドイツだったということがわかったこと(笑)。62歳にして、自らのアイデンティティ発見である。
長らく日本社会、日本人に違和感を保っていた。実際の血や外見は日本人かもしれないが、思考回路はかなり周囲の純日本人とは異なると思っていた。正直に言うならば、身内だけで群れたがるこの周りの人たちと仲良くなれそうもないなと・・。
一方、誰に対してもフレンドリーでオープンなアメリカ人は良いなと思っていた。仕事でのつきあいもあり、もっぱら見ていたのはアメリカの国ばかりだったためでもある。比較するならば、自分の目指す態度は、日本人でなくアメリカ人的だなあと思っていた。でも、あそこまで社交的になれないなと思ったり、もともとつまらないクライ人間だから、あの軽いジョークのセンスは到達できないなとも思った。イギリス人、フランス人、スペイン人、イタリア人とも違うと思った。

 

ネット上で、現地に長く滞在している日本人達が、日本との比較的観点で様々なブログ記事を書いている。それらを読むと、本でなくともお国柄の違いを理解することができる。すると、今までは知らなかっただけで、知れば知るほど、私はドイツ人的だなとわかってきた。多くのドイツ人と私と共通すると思う点は、倹約家、計画好き、合理主義、個人の主体性尊重など。私の基本的な価値観はそこにあるが、そもそも価値観が合うというのは、周りの人たちとその価値観があうということ。

日本社会は、今変わりつつあるとはいえ、ドイツ人的価値観とは方向性は逆のようにも思える。ドイツ人的価値観が煙たい人はいるし、それは日本では多数派だろう。一度嫌いになったら、私でも徹底的に嫌いになりそうなタイプだが(笑)。日本では(今日では、比較的少なくなったものの)時として変人扱いされる考え方だったりするが、私なら今のままで違和感なくドイツ社会に溶け込めそうだ。実際、今までの miletoyブログは自然体で書いているからわかる通り、かなりドイツ人的な発想をする記事が多いと思う。

価値観の違う人の調整役をするのは得意ではなく、仕事をする仲間としては価値観の合う人とともに働くほうが私は成果を出せるタイプだ。だから、もう一度生まれ直すとしたらドイツで仕事をしたいと思う。でも、今後その手の仕事のような共同作業をすること自体少ないだろうし、そもそもリタイア直前なので仕事をすることもないだろう。
ともかく、ドイツの寒い気候と、母国語でない言葉のハンデを追い続けるのはたまらない。寒さ対策には限界があるし、学習意欲も減退しているから、今の歳だとキャッチアップは無理だろうと諦念した

 

今さら他者との「違いを強調」して背伸びして暮らしてもしかたない。へそ曲がりな生活を送っていると、やはり暮らしにくさがある。やはり、多少は鬱陶しい日本人社会だけれど、日本人としての血、態度も併せ持ち日本文化に馴染んでいるのも事実である。リタイアすることで周囲と適度の距離をこちらがコントロールしながら生活はしていける状態なので、周りと「違い」でなく「同じ部分」を強調して生きていこう。

 

***  ベルリン Keiser Wilhelm Gedachtnis kirche

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