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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

伝えたいことが伝わらない悲しみ

伝えたいメッセージを相手に伝えきれる勝算がないとわかると、私は頃合いを見て相手を見切ってしまう傾向がある。行動を伴わない相手に理解してもらうまで、徹底的につきあう根性がない。長い目で生徒を粘り強く見守らないといけない教師としてはまずい性格だ。その辺の「見切り」は、教師生徒関係よりさらに一歩踏み込んだ関係であるはずの親子関係でも同様なのである。

 

再度、4日前の会食であった件を。遅れて到着した子の外見を見て、ギョッとしたのである。服装だけのことではない。疾患も出ているというその体型に唖然としたのだ。
運動もそうだが、生活の基本である野菜を規定量は食べるバランスの良い食事に気をつけたほうが良いよと(軽くだが)言いつつ、今までの経験からも伝わらないだろうなと思いながらだ(態度にその無力感が出ていることだろう)。

http://www.flickr.com/photos/28593983@N07/7740849934

photo by Search Influence

 

また、大学を卒業した時とかのタイミングで自立することは重要だという議論をしていた。もしその時までに十分に自立ができていなかったのならば、就職などの良い区切りの時に、例えば親元を離れて一人暮らしをするとかしたほうが自立には望ましいだろうと話もした。そんな時に、息子1は自立は用意できた時で良いと思う、と主張した。彼の主張にも一理はあるので、完全には説得しきれていない。

この種の一般論での主張はゼミの学生にも、子供達にも同様に機会をみて試みている。その主張を受け容れて採用するかどうかは相手の問題だ。主張の正誤はともかくメッセージ、主張すること自体が重要であろうと思い発しているものの、そこに私の人間観が出ている。私の主張が正しいと一般化するつもりはないものの、長く生きてきた身からの私の事例、培った経験法則として有益性は主張したい。そこでは、「こうあるべし論」でなく、「主義」、ポリシーであり生き方なので必ずしも真理とはいえるものではない。とは言え、遺伝的側面もあるから親子関係の個別案件では、そのアドバイスがヒットする確率は一般法則よりは高いと思う。ただ、息子1とは考え方もそうだが受け止め方も、私とはやや異なるようだ。子供の時は通じていたような気がするので、後天的なものなのだろうなとは思うのだが。

 

また生活保護を受けようとしていると聞いてびっくりもした。今までも食生活を含めた生活レベルの行為レベルの話となると、親子と言えども関係が悪化することもあった。だから「大人の対応」として深入りは避けたが心配ではある。最もメッセージを伝えたい我が子に、伝えたいことが伝わらないことは不完全燃焼のようで悲しい。他の人達は、このような時にどう対処しているのだろうか。