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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

情報の扱いが雑になっている

どうもこのところ情報の扱いが雑になっている気がする。情報過多の時代だから特にそう感じるのかもしれないが、ありすぎる情報の一つひとつを大切にせずに流してしまっている。多すぎて処理しきれないというのとは違い、ただ注意散漫になり流しているだけなのだ。だから、ミスもあり得て、先週も一つイベントの参加をミスってしまった。

昔は必要な情報を入手しにくかったから、何とか少ない情報から類推したりして、これが揃えば・・という予測力のようなものも養え、情報を吟味する余地があったかもしれない。とはいえ、インターネットで探すと、雑情報も多いがそうでないものにもヒットするから、総じて判断すれば、やはり第一にネットで・・と考えるのは自然である。その傾向は若い人たちは顕著であり、要領良く情報を収集して整理する力は、明らかに彼らに軍配が上がる。一方、新聞の記事のようにじっくりと読み考える必要のあることはどうなのか、そこは心配ではある。

 
Twitterなどの情報を流して見ていると、お気楽無責任情報が多いせいで気軽に流したりする。見ても見なくても人生に変わりがないといえばそう、テレビの娯楽番組みたいなものだ。Twitterに限らず、Facebook、 Line、Gnosyなどのニュースのまとめサイトでもスワイプしてスイスイと済ます時代で、ブログにおいても同様だ。他者のブログをあまり真剣に見ずに流すことが多くなり、ぶろぐ村の参加グループの60代ブログ等でも同様なのだが、ブログサイトを直接に訪問せずに、最新記事の5行の新着の要約だけで読んだ気になって済ます。これだと、タイトルと最初のブログ記事が、一括でざっと読め、能率が良い。ただ、相手に(多分だが)ポイントがつかなくて気の毒だ(笑)。

メール等での仕事だと、送った、届いていない!で、ミスったりするとあとで咎められたりすることもあるので、粗相のないように、流さずに一つひとつ注意して何度も反芻して文面を読む。不特定宛にアドレスされたか、あるいは特定された情報かの違いで、こちらの心構えも違うのかな。
もし情報の少ない時代になってしまったら、スワイプで情報を流す状態に慣れていると、世の急激な後戻りせざるをえない時に対応できないのではないか。衣食住の豊かさにおいても同様で、もう時計の巻き戻しはできないといわれるが、異常事態発生時は人類の滅亡を待つだけなのだろう。
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photo by Clint Lalonde