にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

よくあんな難しい本と格闘していたものだ

このところ仕事の帰りに、なかなか捨て難い思い入れのある本を持ち帰る。思い入れのある本とは、40年以上前の学生時代に読んだ本。今となっては本のケースも紙も黄ばんでいる、字体の古臭い本だ。匂いも臭い(笑)。当時の価格でも二、三千円はする教科書ばかり。少しでも安く買おうと、古本屋に行って苦労して探して買ったときのことを思えば、そう簡単には捨てられない。理としては意味のない不要なものだが、情が残るのだ。

帰りの通勤の一時間近くの間に、ざっと閲覧して思い出に浸り、着く駅のゴミ箱に捨てるを目処に処分する。2冊が限度だ。

マルクス経済学にしろ近代経済学、数学にしろ、今読んでも理解できない。そもそも図がなく、ひたすら文字だけの抽象的な議論で、根気が続かない。文章も独善的で、わからない奴は、出直してこいという著者の傲慢な態度が隠れ潜んでいるように思える。著者が頭が良さすぎるのが、私が頭が悪すぎるのかどちらかだ。私の周囲の学生たちは理解して語っていたような気がするから、多分後者だろう。

これら難解な本に何か意味があったか? ブックバンドの表に書名が見えるように格好をつけていただけで、多分何もない。今読んでも全く理解できないということは、無意味な格闘をしていたのでは?と思う。もっと、他にするべきことがあったような気がする。大学生で学ぼうとするなら、今の時代のほうが、(学ぶ効率という点では)はるかに恵まれているのではないか。

ともかく、時間を限ると、えいやっと処分できる。荷物の引越しでもそうだろう。そうこうして少しずつ処分しているが、もう先は十分に見えてきている。

解析概論 (1961年)