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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

ネガティブな人は永遠に存在する

一昨日のオバマ氏の広島訪問は、大方は好意的に受け止められたように思うが、テレビの報道でも、心がこもっていないなどのネガティブな意見も見られた。昨日の日経夕刊にも、M氏(67歳)の方で、「犠牲者のことを心から思うなら、謝罪すべきだった。核廃絶したいという気持ちが本当ならプラハ演説後、すぐにでも広島に来るべきだった」との見方も出ていた。ブログでも類した意見を見かける。

 

この問題に限らず、こうした意見を聞くと、いつも暗澹たる気持ちになる。では、どうすれば良いというのだ。広島に来なければよかったのか? 一発必勝の、完全な解決策を持ってこれば良かったのか。そんなことはあり得るのか。その人の日常もそんな完璧な生活で満ち溢れているのか。「完璧主義」の人のとりがちな傾向だ。80点あれば、それで良いではないか。そして先に進もうとする段階的進歩主義とは相容れない。建設的意見でない意見のように思う。その度に、人々は理解し合うことはできない、言葉が通じたとしても心が通じないなぁと思う。

謝っても謝っても許しはしない。永遠に謝罪を続けることを求める。そうしても相手を決して許さないと、態度を決めているように思える。似たような発言をする国もどこかにあるが、同様にハードな人たちだ。一言で言うと「ネガティブ」、そんな人は永遠に存在するだろうという印象を持つ。

しかし、そのような意見も排除すべきではない。いろいろな意見を自由闊達に述べられるように保障されるべきである。互いにわかりあえないと思うし、そのような人とは私はお友達になりたくない関係とはいえ、ストレスはわくものの、こちらは一緒の社会にいられないわけではない。でも同じ屋根の下で暮らすのは嫌だ。
相手も、そんな思考をする人は大嫌いだろうし、同様にこちらの存在を許容しないかもしれない。

 

昨日の記事のように、論理なく強圧的な人も苦手だし、世の中に嫌いな人が少なくない。だから友達が少ない(笑)。でも、それはストレス回避の自由を獲得しているがための税金のようなもので、私としてはさして問題とはしない。 

Hiroshima Peace Memorial