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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

次世代のための4000円負担

消費増税が2年半先送りになった。まさに「次の世代より次の選挙」である。大衆に、「消費税上げたほうが良いですか?」と聞いたら、ほぼ必ず「否」と答えるだろう。「なぜ?」と聞くと、「値上げされると生活が苦しくなるから」などという面白くもなんともない答えを聞くのは世のありふれた光景だ。

 

払える余裕のある人が、増税を支持している側面はあるだろう。そこまで余裕がない人にとって、死活問題だとしたらどの程度の金額になるのだろうか。月あたり収入が生活費として20万円を想定し、それが全部増税対象だとして、増税分2%は 4000円に相当する。持続的社会維持のための社会保障につながる月額4000円の負担増は決して少なくない金額だ。だが、保険、通信費、タクシー利用の見直しや娯楽費、冠婚葬祭といったライフスタイルの見直しで何とかならないのかと思うが、所詮は他人のサイフの話なので、それ以上は言えない。

 

この手の短期的思考は政治の世界に限らない。産業界、そして個人にまで広がっていて、憂鬱になり、無力感を感じている。今とりあえず辻褄さえあえば良いと、目先の利益や快楽だけに目がいきがち。将来のことは知ったことではないと、どんな惨状が起こりうるかに関して疎すぎな人が多くないか。

果たして政府のいうような楽観的未来が期待できるのだろうか。私の世代の人たちにとって増税再延期は自ら支払いをしないことになるので歓迎だろうが、それでは次世代が困ることになる。責任のある人たちまでもが、選挙のための辻褄合わせだけの方便で、根拠なき楽観主義にて痛みを先延ばしにするような傾向が目につく。

日本企業などはかつては長期的な視点で人材養成などをしていたはずだ。それが短期的な成果を重視するのが主流となり、そんな風潮の社会になってしまったのは寂しい限りだ。さらに長い期間をかけて人を育てられる・・と思い、私も教育の場に参入したのだが、その現場もポピュリズムの短期的思考に押されて、抵抗できずにギブアップで退場となる。

 

このままでは日本は沈没してしまいかねないと未来を憂うが、心配のしすぎだろうか。持続的な社会保障、健全な財政を維持するためにも、痛みをこらえて増税すべきだと主張していた痕跡だけはこの場に残しておきたい。景気の腰砕けを防ぐなどというが、それは人々の初期の抵抗が大変なだけで増税の痛みもそのうち慣れれば何とかなる。そんなことを訴えたとしても、次世代の人たちから後々、こんなシステムに誰がした?と恨まれることは必至だが。

未来は予測し得ないのはいつの世もそうなのだが、政府のいうことを本当に信じられるか、その未来は安心なのか大いに疑問である。政府の主張するように未来が好転する可能性はないとはいえないし、他者の足を引っ張る代替案なしのネガティブ思考にはなりたくはない。深い洞察と強いリーダーシップを持った人が引っ張っていけば、確かに世の中は変わっていくかも知れない。私のできることは、今となってはただただそうなることを祈るだけである。

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