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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

舛添氏も批判されるまでは良くやっていた?

私達は相手を嫌いになると、その全人格を否定しがちだ。今の舛添要一東京都知事の資金疑惑において起きていることは、典型的な1例かもしれない。政党も都民もみな批判的である。それが日本の国民性なのか良くわからないが、一億総バッシングのような雰囲気にもなっている。私もそんな日本人的なDNAを引き継いでいるから気持ちはわからなくはない。擁護するわけではないのだが、これでは居たたまれないだろう。そこまで総掛かりで「いじめ」なくても良いだろうにとも思う。心の弱い人なら、ポッキリと折れてしまいそうだ。

 

考えてみれば、それまでの1年半近くの都政の運営では、これといった大きなトラブルはなかったはずだ。それまではみなさん好意的に、一時期は最も好ましい首相候補としてまで評価した人気政治家だったのではないか? 民主党政権時代のトップも、また前知事を含めた疑惑問題も同様な構図での終わり方であったと思う。

今回の政治資金疑惑は問題はあるものの、今までの業績も全てダメだと評されるのはいかがなものだろう。完全無欠な人間はいない。トップのポジションにふさわしくない、資質が欠如しているという意見も多いようだが、それはまさに全人格を言っている。個別の件の是非をいっているわけではないから、その地位にふさわしい人格はYes、ふさわしくないはNoである。そこでいつも全否定で終わり、後味の悪い思いをするので、いつも若干の違和感を感じている。

私自身もそのように烙印されて不愉快な思いをしたことが何度かある。人格否定であって弱い立場にいると反論は極めてしにくい。こんな事態になっての打開策は果たしてあるのだろうか?

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