にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

損得の論理の通じない世界

世の中は新しいパラダイムに移行しつつあるのかもしれない。世界的に見ても若者が社会で引き起こす事件など理解できない案件は少なくないのだが、いずれ主流になるであろうそんな若い世代の人達の話だ。

 

私の教育の世界での学生に向けた現場での話。学生達と接していて、その片鱗を観察できる。先日、出席数を集計してみて気づいたのだが、15回の授業は(ゼミでも似たようなもの)なぜかほとんどの人は出席10回。(私の能力不足もあるのだが)彼らの行動原理がわからないというか、話が通じないというか、説得しきれないのだ。貴方にとっての意味、有益性を述べて、とても意味のあることを学んでいるのだと展開する。しかし、どうもそんなのはメリットは屁とも思っていないようで、5回休むのが自らの当然の権利のように考えているフシがある(試験ができていれば、それ以上休んでも良いのだが)。

学習内容で釣るのは諦め、評価の観点だけに注目し、こうすれば優をあげるよと言っても、同様に喰いついてこない。合格水準さえ取れれば、成績はギレギリ合格の「可」の水準、高校での5段階絶対評価に即していうならば「2」の評価でも十分なようで、いつもすれ違う。成績が良いほうが、後々の就職の時に有利だよと言っても届かない。卒業さえできれば良いのだろう。勉強が嫌いな子が多いのは大学の環境かもしれないが、それだけで言い尽くせない若い世代の共通の価値観のような変化か。

私にとっては、諭す直接的なメリットは何もない。役割ということを離れても、心底から相手を思っての助言のつもりだが届かない。もちろん従来通りの、自分たちの理解できる価値ベースの人はいなくはないし、今は気づかなくともいずれ自分の損得で動くようにもなるだろう。しかし、メッセージの届かない人は明らかに増えているような気がする。

 

想像するに、合理的なもの、損得勘定で動いていないとかも?ということだ。では何なら食指を動かすのか? 、(私の子達に関してもだが、一緒に住んでいたりしないと特に)彼らのモチベーション、行動原理がわからないが、プロファイル的にはマイルドヤンキーのような人たちだろうか。そのあたりを模索したが、もう「若者の持つ価値」追求は私は降参だ。それが後付けの、定年前に大学を自ら辞めようとする大きな理由の一つでもある。私としては同年代の付近の人たちのほうが、はるかに良く理解できるし、心地よい。やはり世代間ギャップはいつの時代にもあるのだろう。

 

未来は未来の人たちが作る。その時に、私たち旧世代はフェードアウトしているのではないか。そのような新たな兆候は今までも何度か来ている。古い世代は、新しい世代を理解できなかった。私の得意分野の IT でいうならば、アナログからデジタルの波、大型コンピュータからパソコン化への波、 閉じたネットワークからインターネットへの波、その第一世代ネットからソーシャルネットワーキングの波だ。ここまでは何とかついてこれた。そして今、キラーアプリである「ポケモンGO」だ。この得体の知れない大きな波は若い人達の日常を変えつつあるが、私を含めたシニアな人の多くはナンダコレハ?である。面白くはあっても何にもならない時間潰しのゲームなんかせずに生産的なことを・・などと批判的ばかりしていると、足元をすくわれる。今までの損得勘定の論理を根本から覆させられるパラダイムだろうから、私を含めてその世界を理解できずに抵抗する人は多いかもしれない。

soroban