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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

人生の節目、専任大学教員で第2ステージへ

人生において大きく舵を西に切った経験がこれだ。会社員から大学教員への職替えだ。勤務先は、私にとっては今までなじみのない地方都市であり、47歳の時だった。教員になるのは長い間の憧れであったから、そうなればその地に引越して地に足をつけて頑張ろうと思った。勤務先は2つ変わったが、幸い幸運が味方した。

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博士号を持っていても、大学院博士課程を終えたとしても、大学教員になれる幸運な人はほんの一握りだ。私とて、決してすんなりいったわけではない。10年という長い辛い移行期間があった。

北海道の北の果てでも南の最南端でも短大でもどこでも大学教員になれるならば行こうと思っていたので、手当たり次第に経歴・業績のレジュメを出していた。レジュメを用意するのはとても骨が折れる。こちらは、適合すると思い書類を出している。今まで30通は出しただろうか。採否が決まるまでは、自分は最適なのではないかと、そこに勤めることを夢見る。そんな楽しい期間は短い。そのたびに、薄っぺらい定型文のお断りレターが来るばかりだった。ショックは大きく、その後の一週間位はクラくなり、誰とも喋りたくなくなる(笑)。

採用が内定し、専任のポジションを獲得できた時は天にも昇るような心地だった。大学院の指導教員の1人からは、快挙だと言われた。着任になり、「ここが先生の研究室です」と事務局の人から言われて研究室の鍵を渡され、研究室の椅子に座った時は、小躍りしたいくらい、念願達成!! で人生で最高の時のように嬉しかった。

2回目の現在の勤務先も40倍の倍率だったと聞いていたから、専任のポジションを獲得できたことは幸運続きだった。そんな関係の書類も、もう見ることはないだろうが、それほど嵩張る書類でもなく、処理にも困らないものなので、最期までとっておきたい。