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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

人生の節目、個人事業主を兼業

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会社員時代にコンサルティングの仕事もしていたから、事業への感覚はあった。大学の教師になって、リタイア後の仕事をと考え、副業として(個人事業主として)中小企業診断士はどうだろうと検討した。でもそれをするならば、組織対象の企業でなくて個人企業だと思っていた。パーソナル・コーチングを始めた。コーチングのトレーニングを受けて資格も取り、クライアントも5人くらい開拓した。

 

事業の税申告は、白色申告で始めたが、経費の扱いなどよくわからず疎い世界で無料税理士相談などでお世話になった。しかし、税制以外にも年金などを含めて人々が苦労して作り上げた社会システムで生きていたのだなと社会制度に対する理解が深まり見直した機会だった。後に10万円控除のために、青色申告に変更し節税にも目覚めた。

継続的に事業を遂行するとなれば、競合他者もでてくるし、その市場で勝ち残るのは大変だ。私の技量では事業として成り立たせることは難しいと直感した。また前回の記事でも述べた人間観から、事業にするには能力不足なことも認めざるを得なかったから、3年くらいの赤字続きで、結局のところコーチング事業は廃業した。


その頃に親が亡くなり、相続を受けたが、家は離れていた。そのため管理は大変で、リフォームして貸そうと一石二鳥の発想した (親が死んだことは大きな変化ではあったが、別居していた世帯だし私にとって気持ち的に「節目」とまでいえる事件にはならなかった)。庭も不必要なので工事をした。家も駐車場も、募集後しばらくして埋まった。それらの収入は、(事業とまでいうには、おこがましい金額だろうが)不動産事業の開始となった。

規模が大きくなると、他の人を管理しなくてはいけなくなるが、それは苦手だ。あくまで個人事業主でということで続けてきたが、その不動産事業もなくなる。世の中の需給構造を見極め、適切な価格設定ができ、世のルールを守り、キチンと計算していけば、結果が決まる世界。規模を求めなければ私でも何とかやっていけるかなとも思い、数字好きでもあるから(父親や兄のしていたような)税理士的な仕事は向いているかもとすら思った。それまではサラリーマンだから、責任を負うという意味で最終的にはどこかで逃げがあった。そんな小規模事業者の気持ちもわかるようになったのは、この50歳少し前の個人事業主体験だ。そんな「節目」となっていたと後になって気づいた。