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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

人生の節目、家づくりで生活責任

ちょうど10年前の今頃に今の家が完成した。自分が初めてオーナーシップを持って、注文住宅を建てたが、この頃からまともな生活感覚になってきた気がする。家作りは、生涯で最大なお金を使う時だ。自分の親を含めて、人々が「念願のマイホーム! 」という "家" への帰属意識、気持ちが良くわかった。

ただ、ゼロベースでの家づくりでは自由度が高いため、決めるべきことが多すぎで私の情報処理能力を超えていた。マンションのような、外回りもない、窓もきまっているという制約条件のあったほうが思考はしやすい。何せ初回で素人だから、できることとできないことの区別がわからない(あとでわかったことは、大概なことはお金をかけさえすればできるという発見だ)。ハウスメーカーに、あとは任せるから適当に上手くやってよと言いたくもなったくらいエネルギーを消耗した(高齢になると、家づくりは体力的にも厳しいだろう)。でもいい加減な選択、判断をすると、あとあと使い勝手が悪いとか、デザインが不統一とかで不満を抱えるのは目に見えていた。

一方、仕事とは違い、組織で責任を持つような意思決定に関していちいち上司のお伺いをたてずに自分がリスクを追えば良い最高責任者として決められることは愉快ではあった。ほぼ全財産を使い果たして家を建てたので、預金残高を見ると将来が不安であった。そういう時に想定外の事故が発生したりすると生活破綻に至るのだろうが、幸いなことに子供達の学費などは別にプールしていたし、先も見えていたので乗り切れた。

 

2回目ならもっと上手く家づくりはできるだろうから、次回こそ理想の家を・・というのはできれば叶えたい希望だった。でも生涯もう一度の機会はないだろう。あるとしたら中古マンションの上でのリノベーションかリフォームである。オーナーシップと関わるチャレンジであり得るのは、住み替え先共用部分でのマンション屋上の太陽光発電の提案。論理では通るはずだが、関係者との粘り強い交渉が必要になるのは確実だ。

 

「家づくり」を通して生活責任を実感し、やっと一人前になった気がする。帰りたくなる家の基盤があれば、地域に根ざして活動も出てきて自治会の役員活動もするようになる。ガーデニングを含めて家だけでなく庭や周囲の景観を保つことなどに目覚めたのも、家を建てたからこそ意識した活動だ。その基盤が保たれているがゆえに、それ以降の今日までに至る10年はとても平和である。52歳での「家づくり」の節目なしには、日々の生活を愛しむ主婦的な感覚の理解はありえなかったろう。

 

*** 地鎮祭とか上棟外とかほとんど関心がなかった。下写真は階段ができた後だが、二階ができて梯子を使って初めて二階に昇った時は、とても感激した。戸建は言わずもがなだが、自由度が大きいのは一長一短。

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