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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

丸投げしたくなる時

わけのわかない話を長々と聞いたりしてうんざりだと、放り出したくなる。金融商品の約款の説明などは典型的なそれだが、社会保険の仕組みの理解も典型的なそれだ。確定申告の時の税金や経費の扱いも同様だ。専門用語を含めて、「バカの壁」で理解できないからだ。いずれも私のような素人には複雑すぎて良く理解できない。面倒な集計、書類作成代行してもらえるのなら、専門家の社会保険労務士や税理士さんへ・・丸投げしたいとすら思う。

 IT分野は私は問題ないが、一般の人には辛いだろう。例えばインターネット接続のトラブル時だ。なぜか分からないが繋がらなくなる。一回きりなら、わけはわからなくても治りさえすれば良い。しかしネット接続などでは再発することは、ままある。

 

目前に出現した問題をなんとか解決しなくてはならない。手厚い四六時中のサービスを頼めば問題は解決するだろうが、それらのすべてを保険や対応サービスで賄おうとするならば、金額的にも大変だ。

 

一回ポッキリなら、今回きり、今さえ乗り越えればOKだ、と思っている時は、お願いすることになるだろう。きちんと問題に対峙せず、丸投げできればしようと思うのではないか。今後もまだまだ続くと思えば、きちんと自ら理解して臨もうと思うのではないだろうか。

 勉強でもそうだ。ここをきちんと理解していないと、後々自分が困ることになると思えば、きちんと勉強するだろう。例えば大学四年生のように、もう勉強はこれで終わりだと思っている人は、そんな行動になりがちだ。入試のように一回だけの機会ならば、(極端に言うならば)不正をしてでも合格したいと思うかもしれない。不正が起こるメカニズムは、それなのかなーと腑に落ちた。

一年前の今頃、私は自動二輪一本橋を渡るのに苦労して、これっきり!、橋から落ちた今の失敗は見ないことにしてよ! お願い!! と言いたかった。それは、一回きり逃げ切りたい! それだ。実際に、今後も一本橋も狭いクランク道を渡ることもないだろう。そんな機会は事前に避けるはずで、それで済むことだから、その処し方で良かったのでは?と思う。

Long Exposed Lighthouse

ただ、 本当に一回ポッキリか?という疑問だ。難易度を伴うのか、それともただ嫌でしたくないだけなのかの問題もある。

葬式ならともかく、私の世代であるのは介護だ。介護は一回、でもそんな状態の日々は続く。自分でせずに、老人ホームへ介護サービスに丸投げする。見守りサービスだけだって大変。そこで快適な生活をとなれば、それなりの値段になるのは明らか。それらに対して経験も少ない、そして一度きりかもしれないのサービスを自分で抱え込むとわからないことが多すぎて、大変な苦労を負う。その割に報われることも少ない。

 

他人事なら、お金で解決すれば?とアドバイスするかもしれない。だってそんなお金ないものといわれる。だったら我慢して自分でするしかないのでは?、でそれ以上は踏み込めない。どうしようもない負の循環ループに入ってしまうと出口がなくなる。終わりが見えないことだと、日々ストレスをためながら、早く終わらないかなと嫌々な気持ちで対処するかもしれない。そうではなくありたいとは思うが。