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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

高齢者の医療費はなぜ安い?

来年度から高齢者医療制度の保険料が上がるという。医療費が高額になったときに、自己負担には「限度額」があり、一定の基準に基づいて計算した自己負担額が限度額を超えた場合、超えた額が「高額療養費」として支給される。その政府負担を抑えたいのだ。

例えば1ヶ月の医療費総額が100万円かかったとする。自己負担を3割とすると30万円だ。高額療養費補助で212,570円、自己負担限度額は87,430円で済む。それでもそうなったときの負担はあまりに高額だ。健康保険によっては、一部負担還元金や家族療養費付加金、合算高額療養費付加金といった付加給付があったりして、最終的な自己負担額が例えば25,000円程度で収まるとしたら医療費支出の予算化もでき安心である。

 

利用側は安くて良いのは、誰かが払っているからだということを私たちは忘れてはならない。自己負担割合も同様だ。70歳以上75歳未満の高齢者は、医療費にかかる自己負担割合が現役並みの所得がある場合は3割だが、そうでない場合は2割である。なぜ70歳になると2割負担で良くなるのだろう、それが75歳だとさらに1割でなぜ済むのか?という素朴な疑問である。
一定の所得のある高齢者の負担はそれまでと同様な3割としても、なぜある年齢となると急に安くなるのか、果たしてこの現象を説得力ある形で説明でき人はいるのだろうか。負担が少なくなって文句を言う人はいないのだが、それで果たして社会の中で維持できるのだろうか。

年金制度だって、同様に若い世代よりはるかに恵まれている既得権益の塊といえるものである。制度に責任を持つ政府は、それが持続可能性を持つものなのかを義務教育に組み込むことも含めて国民に明確に伝える必要がある。「平等」のあり方の議論なのだろうが、機会の平等はともかく、介護や失業だけでなく、教育全般、そして労働まで平等に扱うことはできるのだろうか。生まれた時からの初期値も揃える必要があるが、そこまで切り込むのは無理なことで、"応分の平等な負担" は不可欠な気がする。余裕があり寛容な時代だったら医療費は無料で誰からも咎められなかったものも、今では事情は異なっている。ともかく社会的な合意をとらずただ痛みを先送りにするだけでは将来世代から必ず恨まれることになる。

The kindness of strangers