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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

「寄り添う」の安売りはやめ

Counseling

数日前に地元のアドラー心理学自助グループに参加してきた。私の住む地にそういった活動をしている団体が存在するのを市の広報誌にて知り、どんな活動をしているか知ろうと思ったのがきっかけだ。

自助会という話し合いというのは初めての体験。この手のものへの参加は、いつも周囲が私より遥かによくことをわかっている人ばかりではないかと、参加に気後れをしてしまうのだが、参加者のいくつかの事例をお聞きできて、とても参考になった。この会の実態は、不登校児の子どもをもつ親の会である。親がまず元気になり、安心で安全な家庭環境を保証してあげることで、子どもは自分を大切に思う気持ちを取りもどしていくということだ。そのアプローチの1つとして、アドラー心理学があるという位置づけだ。

親がこのような場で、子が似た境遇にある親同士がシェアしあうのは勇気づけになる。健常なご近所さんの子と我家はどうしてこうも違うのだろうと思っている場合でも、同じ時代に同じような問題点を抱えている親同士では、多くの共通点を見出せ、ホッとすることと思う。また親同士に限らず、親子がクリスマスイベントの料理を一緒に作ったりする企画がその会であれば、親子で理解し合う良い機会にもなるだろう。

一方、私の場合は核部分にアドラー心理学があり、その様々な適用分野の1つとして、不登校児への適切な対処もあり得るかなというところであり、少しアプローチが違うかなといったところだ。

 

「相手に寄り添う」という言葉は、いろいろな場面で耳にするような時代になった。今までは相手をあまりに尊重しない世の中だった。それは職場の関係に限らず、家庭での夫婦や親子関係でもそうだ。どうも学校に"行かせる"ためには・・といった、相手(子)を支配する言葉が出てきたりする場合は、アドラー心理学のココロが理解されていない可能性は大いにある。

 

不登校問題は、今の私にはコンテクストを強く共有していない外野なので、どうも参加は嘘くさい。1人の人間に1人が寄り添いつききっきりでいては社会は回らないだろうにという思いもある。結論として、この分野はギブアップだ。ワクワクしないし、今後にそういう仕事をすることはないと思う。

相談に乗る、あるいは「正しく実践する」は多くの経験を積まなければならないこともあり私の貢献意欲は少なくなるけれど、私程度のレベルでも、新天地で「正しく理解する」というレベルならば、まだ現役として貢献可能かもしれないと思う良い機会だった。