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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

スイッチ押しさえ不要な世界

人感センサーのライトをドレッシングルーム他にいくつか導入した。何もしないで、そのうちに人の気配がなくなれば消えるので消し忘れ防止には便利だ。夜に両手に荷物を抱えての帰宅などでは暗くなりがちな玄関ライトでも重宝するだろう。これに慣れると、ことが終わってもスィッチを押さなくなり、自然に消えるのを待つようにさえなる。電気のスイッチをオフせずに、どうせ消えるからと放置することも増えてきた。最初は良いかなと思い、全部の電気器具を入れ替えようかとも思ったくらいだが、でもこれはエコなようでエコでない。不注意や怠惰生活を助長するかもしれない。


トイレの水洗浄も同様で、しばらくするとスイッチを押さなくとも流れる。すごいのだが、これも放置しても流れるなら・・となり、(オート洗浄をオフにすれば良いのだろうが)流すスィッチを押さなくなる。

白物家電も高機能である。今度導入するエアコンはAI機能搭載で、いろいろなことを手動で設定しなくとも「適当に上手く」やってくれるのだ。パソコンでも何でも同様なのだが、使いこなせなせないような機能まで満載であるし、ガス湯沸器でもオート機能とフルオート機能とがある。追い焚き機能は別としても、余計な機能がタダでついてくる分には使わなければ同じだから毒にはならないとも思うのだが、オートで十分なのではないかと思うくらいである。

 

忙しい人は利用するのだろうが、引越しサービスでも何から何までお任せするサービスがある。脳も身体も使わないと、それで良いのだと判断するようなので、一方でそれでは退化してしまうのでないかと心配だ。自らの積極的アクションをとらずに、受け身で何とかなる世界に浸りすぎる世の中。何でもかんでもスイッチポン、電卓でも、パソコンのかな漢字変換でも同様だ。その引き金を引く判断すら不要になる頭を使わなくなっている世界。

この「利便性を高める」という名目でのイージーな生活を目指す世の流れには逆らえないのだろうな。楽になっていくこと自体を否定したいわけではないのだが、何だかなあ、これで良いのかなあと懸念も残る。私のような不便時代を知っていてその記憶の残っているシニア世代はどうでも良いだろうが、スイッチ押しさえ不要な世界が当然に広がることの若い人たちへの将来の影響を少しだけ(笑)だが心配している。 

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