にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

「モノ」を大切にしない人は、「ヒト」をも大切にしないという仮説

私が前から思っている仮説の1つに、「モノ」を大切にしない人は、「ヒト」をも大切にしないというものがある。ヒトは自分自身でなく他者を意味するが、ここでは人間一般としておこう。モノとヒトの2つの要素での組み合わせは4つだ。

モノを大切にして、ヒトも大切にする人、そうありたいものだ。
モノを大切にするが、ヒトはそれほどでもない人、マニアックな人、研究者に多いかもしれない。
モノはそれほどでもないが、ヒトは大切にする人、 これもー定数はいるだろう。
モノもさほど大切にしないし、ヒトも大切にしない人、文明社会に浸りきった人には多いかもしれない。

真実がそうであるとするならば、単なる思いつきの仮説はランクアップし、理論武装をすれば説得力は増す。命題の真偽は、検証が必要だが、大雑把に言えば私の想像では1と4がほとんどではないか。
ヒトはモノとは違うんだという意識があれば、区別があるかもしれない。でも、私達は相手を嫌いになるとヒトもモノのように扱うだろう。ヒトをモノのような手段と思っていれば、モノと同じように扱うのではないか。新型ミサイル発射成功で喜び立つ某国はどうだろうか。対話が重要だというが、それに反対する人は少ないだろう。では、具体的な会話ができているのかを疑問に思っている。エコピープルな私としては、モノもヒトも大切にして欲しいと願うが、果たして会話は可能なのだろうか。
Questions?