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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

介護援助とアドラー心理学

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今回は試験勉強をしながら、自らの周辺での環境での介護の実践は具体的にはどうなるかなと引き寄せ考えながら学んでいる。先日に地域密着型介護施設にいる義母と、そこのケアマネジャーと伴に、病院に行った。頼まれても私には十分にはできそうもない仕事だが、献身的にケアしてもらっていて頭が下がる。介護の現場の人たちが介護保険のシステムでお給料は十分に出せているのだろうかと疑問でもある。個々のケース、例えばこの病院まで運び、ことが終わるまでべったりと付き合ってくれている状態、この活動でお金の流れ、誰がどのくらい負担をして、と踏み込んだ報酬システムまではわかないが、医者と患者の関係も含めて「援助者と援助者」の現場の関係を第三者的に垣間見られた気がした。

そんな介護の相談援助の考え方と福祉住環境の進め方という部分に関しての正誤問題で、次のようなものがあった。

 

被援助者と援助者との間には、親子関係や友人関係と同様の信頼度関係が求められる

 

お金の管理を含めて親子ではでき得ないような本音を引き出すこともしてもらっている。そんなわけで、被援助者からの信頼が不可欠だろうから、それを得るためには正解かなとも思ったが、解答は❎である。援助関係とは、親子関係や友人関係とは、質的に全く異なる専門職としての関係を指していると解説されていた。

 

私流のアドラー心理学的な理解は次のようなものだ(但し、私流の偏見が入っているので、正統派から見れば亜流と見做されるかもしれない)。アドラー心理学で使用する人生で直面する課題と似ているような気がした。あてはめると、親子のタスク、友人のタスクともう1つある。それに相当するのがこの被援助者と援助者の関係かな?とも思う。
それはアドラー心理学でいうならば、仕事のタスクだ。これに相当するのだろうか。恐らく、彼らはそんな下世話な安っぽいものではないと否定するのではないか。この関係は、親子関係や友人関係より高尚な関係にるようなニュアンスも含意されているような気もする。「プロフェッショナルな専門職の仕事」としてであるから、当然ながら介護職に限らない。プロフェッショナルな仕事を無償ではしない。それで生計をたてているビジネスの関係である。ある1つの側面に絞った関係でしかなく、決して全人的なものではない。 アドラー心理学での暗に含意しているようなも、逆転だ。もちろん上下関係はないが、親子関係や友人関係のほうが難易度は高い。

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介護に関しては、岸見一郎氏の著書を記事にしたこともある。現場での一事例だが良い本である。

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