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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル ☀ Miketoyの85点人生のライフログ

毎日の「きょういく」は必要ない

The face of engagement

私は教育はあったほうが長い意味では望ましいと思うし、教養も同様だろうが、少し考えが変わってきた。「きょういく」、「きょうよう」は今日行くところと、今日用があることの意味だ。社会との繋がりを保ち、今とりあえず誰かから必要とされていることを自らの主観で感じられる有用感が重要。

ハローワークで仕事を探す時の第一の選択は、フルタイムかパートタイムかということ。ただ、毎日、週に5-6日のフルタイムの息苦しいのは圧迫感があり嫌だ。病院や役所、旅行にも行きにくい。縛られずに、できれば半日程度を週に2、3回のパートタイムで、自分の関心分野でソコソコの関係が保てれば良しである。何事も人と関係する仕事となると、ストレスは必ずある。その対価としての報酬であり、報酬を得ることは、役立ち具合のケジメとして理解したい。時給の好条件は必要ない。もらえるだけで十分である。家でグータラしていれば、その種の対人ストレスはないのだが、廃用症候群になりそうで日々の生活が締まらない。さらに要求するならば、遠い通勤はもうたくさんだということ。やはり歩いて行けるところ、できれば自転車で10分以内で行ける範囲、交通量の多くなく、健康的に安全に行けるところがベストだと。拠点としての家はとても重要なのだが、時として離れる時々の「きょういく」も重要と言うわけだ。

贅沢を言うなとどなたかから怒られそうだが、でも、これで良い。仕事も探せばいつか出会えるだろう。今となっては、もう新たに達成したいことはない。無理をせず、ボチボチやろうぜと、現役時代のようにガツガツしないこと。あえて達成したいことを言うなら、今の健康的な生活を長らえること。

最終的に仕事が見つからなくても、それはそれで良い。1つの支えは、最低限の慎ましい生活を支える年金がある。 そんなこんなで落ち着いて長らえていければ、それが私の第3ステージでの生活となる。やりたい目標、イメージが徐々に具体的に絞れてきて、新たな安定的生活に向け構築し直しの試行錯誤の日々である。

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