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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

試験問題は基本だけにすべき

福祉住環境コーディネーター2級の合格通知が来た。合格していないで今回のような主張をすると負け犬の遠吠えのように印象を持たれるだろうから控えていたが、言いたいことがあった。

この種の試験で、重箱の隅を突っつくような問題や、ひっかけ問題は極力廃止し、基本問題だけに徹すべきではないか。こういうことを言い出すと、必ず反論として言われるのは、易しい問題だと差がつかないという論である。資格の価値を高めるために、(今回の合格率は49%だったが)合格率もほぼ決めで問題を作成するだろう。でも、そのために変問、奇問を出すのはおかしい。そうでなく、易しい問題で完璧にこなせるようになって欲しい。そして、全員が満点なら目標合格率に関係なく全員を合格にすべきだ。満点でなかったということは、知識があやふやな部分があった証だということを意味している。個人で達成する仕事の基本的な部分では間違いがあってはならない。だからこそ、選別のための試験でなく、基本が完璧をマスターしているかを問いたい。完璧に理解していなければ不十分な箇所があったということで、不合格と明快だ。

 

 大学入試のセンター試験も同様だ。できる高校の生徒は満点をとるだろう。高等学校の基本水準を押さえている試験ではそれで良いのだ。それができない生徒も少なからずいるはずで、二極化している現状を中途半端な試験で選別を試みようとするところに無理がある。

私が現役の教師をしていた時もその方針でしていた。重要なところを強調する。それを丁寧に説明する。試験もここが出るよと言う。場合によっては、こう言うように書けば満点だよと答えも言う。その通り自分の言葉で書けていれば、私は全員が満点で優であっても、まったく問題ないと思う。それすらできない人の数は決して少なくないのが現実というものだ。そういう人は、学習する構えができていないので、準備ができた時に、再度学んで貰えばよい。

基本が完璧でないと、応用をいくらできても(できることはないと思うのだが)。差をつけるための選別がどうしても必要ならば、それはその後にすれば良い話であるはずと私は今でも信じている。

 

ともかく資格を取得できて良かった。私のこのブログの説明プロファイルにも、福祉住環境コーディネーターを付け加える変更をした。2級を持っていると、福祉サービス計画書を書くことができ、介護の現場での戦力になる。現実の職に就けるかはともかく、何かの時に役立つはずだし、各種の知識を体系的に得られたことも有意義であった。60の手習いの先の最高峰の1級を受験するかは少し考えたいが、1級の公式テキストは、今しがた楽天ブックスでポチッとして入手することにした。

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