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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

世界から愛されたかった北朝鮮

今日9月9日は救急の日だそうだ。それ以上に今後は注意を払わなくてはいけない北朝鮮建国記念日でもある。その建国記念日も世界中から注目を集めているのだから、この程度で良しとして欲しいものだ。アドラー心理学では、問題児の不適切な行動の段階に関する経験的な理論がある。

 

第1段階:周囲の関心を引くために問題行動を起こす

第2段階:関心が引けないと挑戦してくる

第3段階:挑戦に破れると復讐してくる

第4段階:復讐に疲れると無気力になる

 

それになぞらえて、今回の北朝鮮の核ミサイル問題を私流に解釈するならば、第4段階まではいかないだろう。その前の第3段階に至れば、そこで世界は破滅だろう。今は多くの人々が関心を持った第1段階を通過、第2段階の少し前だ。

問題行動を起こした根本は「愛されなかった」ことにある。綺麗事を言うならば、大きな愛で包みこんで抱きしめて続けてあげれば良い。

 

国際社会による制裁の強化により、北朝鮮の行動を変えさせようというのは、主導権争いの権力闘争である。制裁をさらに強めるという解決策は効果がないだろうし、逆に極めて危ない。エスカレートするだろうし、とんでもない結末になる可能性もある。

ことは、のんびりとした制裁、対話による解決と言っておきながら対話なしという、問題の先送りばかりしていたから、癌細胞は始末できないほどにどんどんと大きくなった。芽の小さなうちにキチンと対峙せず、野放図に放置し先延ばしにしていたツケが一気にきた感じだ。各種資源が必ずしも潤沢でない国が、特定分野、今回の場合は、技術進歩の著しい ITや核に照準をあて、国力を短期間に集中させた戦略が当たって競争力を増したのだ。


北朝鮮が歩み寄れる対話をと言う。中国やロシアは、過去からのしがらみで北朝鮮との利害関係があるから、制裁を強める選択肢に簡単には賛成とは言わない。

愛に飢えた北朝鮮は何をして欲しいのだろう。アメリカに認めてもらいたいのだろう。超大国から一人前の核保有国だと承認してもらいたいのだろうが、アメリカは認めない。国際社会が寄ってたかって我国の存在を認めず虐める、ケシカラン周囲だというわけだ。行動の前ではあるものの、言葉による権力闘争に突入していて、より平易にいうならば戦争前夜に相当する権力闘争の段階だ。日本は米国と同じ立場をとっている。第3段階の復讐の段階に至ると、あとは野となれ山となれとなり、手当たり次第・・となるのは確実だ。いやその前に、北朝鮮からすると、手始めの戦闘開始のターゲットは、アメリカと同盟国の中心部、影響の大きい東京になる可能性すら十分にある。国民あげての将軍様崇拝は、日本の第二次世界大戦天皇崇拝の時の様相と似ているなあと思う。

 

一方、ピリピリきているのは近くの国だけだ。ロシアだって、自国の上空を飛ばないから、対話での解決をと言っているような気すらしてしまう。EU諸国はなおさら、他人事だろう。適当にうまくやってよという感じではないか。

日本国内だって、中国四国を経由するとその地域で大騒ぎ、北海道を飛べばそちらで大騒ぎだ。その他の地域は、のんびりしたもので、真剣味はない。街角インタビューで、北朝鮮がグアムを狙うという時の人々の発想は、自分達の上空を飛んで、もしかしたら落ちるかもしてないからやめて欲しいというような意見が大勢だったように思う。
これは間違いだ。逆に言うと、自分の上空を飛ばなければ良いということを言っているようなものである。自分に利害が及ばなければ、何をしても良いという次元の問題ではない。我国とて、EUで頻発したテロやISを、あまり身近に感じなかったのと同じ関係で、他者や他国を責められない。私達に巣食っている他者に対する無関心が引き起こした、言わば「共同体感覚」の欠如が今回の事案を起こしたようなものであろう。

 

自分達を傷つけようとする人の存在を認め、彼等の立場に立って歩み寄る、大きな愛で包みこんで抱きしめて続けてあげられるだろうか。歩み寄れる策を提示すべきだとの主張は、今までの水爆実験などの正当化を許す、ごね得で、ほくそ笑んでいるのではないか。取り返しのつかないことをしてしまった人を、その人の立場にたって許そうとするカウンセラー、その立場で論を張る弁護士を私は理解できない。今回はそんな次元のレベルではない世界の危機でもある。

一市民としては、何も起こらず平和な日が続くことだけを心より強く願う。

peace