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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

無駄な投資を試みる親世代

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社会保障のための財源が不足していると言われる。冗長な費用があるから、そこを見直せば良いという議論もある。それがどの程度できるのかは、現場に近くにいないと良くわからず、あたっていることもあろうが、的外れなこともある。

身近な関係においても似たようなことはある。義母は身体の状況は良くないにも関わらず、施設から自宅に戻って暮らし始めた。 要介護4なので介護保険の支援を受けているが、固定電話も読みもしない新聞の購読もムダだなと、節約家の私からすると冗費が実に多いなと感じる。さらに、家の投資である。エアコンの新設は良いとしても、外壁直し、そして今回はトイレのリフォームの検討をしている。家は、今後に誰も住まないと思われ、いずれ壊すことになるのは確実だ。介護保険で1割負担でお得なので古い家をリフォームというのは、残りの9割は残った人達の介護保険負担や税金から出ていることを忘れている。

私の好みを押し付ける気はないのだけれど、その古い家に手を加えることは実に無駄で、社会的コストの増大、他人の家ながらやや気になる。そんなところに手を加えてまで「自分の家」に固執しなくても、素直に「介護施設」に行ったほうがずっと良いのになと思う。家はご本人にとってとても重要なものと思うのだが、認知症気味だし、いくら勧めても理解してもらえないし、本人の思い込みやこだわりがあるからくすぶるだけ。だから好きなようにやらせるだけであるが、お金が有り余っているのではないかとすら訝ってしまう。

親世代への冗費は年金を若い人たちより良い条件でもらっているだけでなく、介護保険医療保険の様々な分野に数多く存在するのではと、その矛先は豊かな私達の親世代だけでなく自分世代にも向かいつつある。惰性で続いている社会制度の見直しは重要なことだが、また若い世代にもしがらみの大好きな人も数多くいるので「肯定的諦め」をするしかない。現場を知らない的外れな議論かも知れないけれど。