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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

危機遺産は残す?

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歴史的建築物などの保存に取り組む米国の非営利団体「ワールド・モニュメント財団」(WMF、本部ニューヨーク)は10月16日、25カ所の「危機遺産」リスト(2018年版)を発表した。日本からは世界的な建築家、故丹下健三氏が設計し、老朽化のため閉館した香川県立体育館(高松市)が選ばれた。

その写真がこれだ。残す価値のあるものかどうか賛否両論の議論があることは聞いていて、この7月に私のブログでも記したが、一度、見学に行ったことがある。エッと思う変わった建物だなというのが第一印象だった。現時点での日本である危機遺産リストに載っているのはこの1つだけのようだが、別の国内の場所もリストに挙げられたり出たりしたことはあるようだ。

私も転居してくるまでは全く知らなかった遺産であるし、個人的な意見としては、壊すべき!と強く主張するつもりもない。残しても良いが、なくても良いので、適当に決めてよというスタンスでいたが、大部分の日本人はその程度の認識だろう。サラリーマンなら、上司が強くそのことにこだわるのなら、敢えて反対はしないというような態度である。でもこれで助成金も出るのだろうから、残すことはほぼ決まりになるのだろうか。

 

多くの議論は既にされ尽くされているだろうけれど、そもそも残してどうするのさという思いもある。私はどちらかというと、いくら芸術的な体育館でも古い設計で現在要求される機能を十分に果たさないものなら鑑賞的価値しかない。それならあえて残さなくても、必要なら新たに現代技術も組み込んで作り直せば良いのではないかという考えを支持する。この手の議論は意見を交わし合って、主張の反対側がああそうだったかと納得するわけはない。同じような議論はあちこちにあるが、通常は双方の妥協案で終わる。極端に言うならば、話し合っても無駄だとすら思う。

外部の権威に判断してお墨付きをもらうという政治力を駆使することもあるだろうが、それは違うだろうとも思う。私はすぐにコスパを考えてしまうからだが、パフォーマンスは別途に判断するとしても、(2020年のオリンピック誘致の時もそうだが)世の中はコストのことを意識しなさすぎ、隠しすぎだと思う。コストも空間も無制限ではないので、限りある資源を有効活用しようとするならば、議論を尽くして、どうしても並行線ならば、民主主義による多数決で決めるしかない。必要な情報を(自らが有利なように隠蔽したりすることなく)公開の場にあげ、多数決で決めるべきものだと思う。

 

現状は決められないまま時だけが過ぎていたようだ。ただ、放置してもコストはかかっている。管轄はユネスコ財団なのだが、危機遺産で挙げられたいくつかは日本の援助によって救われていると聞くと、それを誰が負担するか明らかになってくる。補助金と言っても私達が直接的に税金として負担するのではないだけで、巡り巡って預けたどこかの間接的なポケットから出るので、根本は同じなのだろうから。

コストのかかるのは事実、それを経済的観点だけでなく、芸術的、歴史的側面を含めた総合的観点から残すべきという意見が多数となれば、それは問題ではない。そこで決まったことなら、追加の税金的負担を負うということで、私達は建設的な社会のために従うしかないないだろう。