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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

子が素直でなくなる時

Future

数日前の新聞記事で、黒髪を求める指導に、生来の茶髪を染めてまで応じるべきか、大阪府立高校の3年生が染髪の強要と主張し、府に訴訟にまで至っていて物議を醸していると出ていた。ごもっともな主張だと思うとともに、逞しい、頑張れ!とその女子生徒を応援したい。もっぱらの議論は下のようなもの。個々の状況に配慮せずに「長いものには巻かれろ」という学校による “指導” の是非である。

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子は特に小さいうちは無力である。親に従わざるを得ない。子が、いつの日にか、肉体的にも精神的にも力を持ち、自分も親並みに力があるかもと思う。その親も不完全な人間である。その辺の弱みを子は敏感に察知することも多いだろう(気づかないかもしれないが)。その時に、理不尽な親の要求があれば、子はそれに対して反抗するのではないか。だとしたら、親は理不尽な要求をしなければ良い。そうすれば、親に反抗することなく、いつまでも仲の良い親子関係であり続けられるかもしれない。

彼らの遭遇するのは親だけでない。そこには、縦の関係で力で押さえつけようとする御仁が周囲にはたくさんいる。具体的には、学校であり、会社であり、そこが理不尽な要求をしてくる。中にはそんな理不尽さを少なくしようと試みる良識派も少なからずいるので、運良く巡り合えれば幸せだが、その人も1人だけの力では限界がある。学校や会社をはじめとする社会の集団的価値、そこでの理不尽さの満ち溢れた現実に対して、教師や親はどう子に諭すかである。

偉そうに言っているが、私はそれが上手くできなかった。中には実践できていそうな人もいるが、数的には圧倒的な少数派であろう。得てして短い期間に結果を求めるとなると、最後は "力" で押さえつけようとする。その方が容易だからだ。学校の “指導” はその典型として現れる。

私は政治信条の違いなどより、また学校では勉強や運動に優れることなどよりも、このような人間観の違いに理解を示す方がずっと重要だと思っているが、ともかく、子の反抗時に、指導という「力」でなく、「理」で相手に納得のいくように説得しきれるか、そこに私達大人の力量が試される。それができないとしたら、(大人の一方的な新ルール通知は論外であるが)双方の合意可能な納得しうるルールに変えるしかないのではないか。