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アドラーなスマートシニア活動記

嫌われる勇気と幸せになる勇気を持ちたいエコピープル 福祉住環境コーディネーター Miketoyの85点人生のライフログ

苦手と嫌いは違う

人は物事を最終的には好き嫌いで判断するのではないかと思う。好きというのは悪くないと思うが、嫌いというのは、あまりに直接的な物言いであるから、もう少しマイルドに包みたい。食べ物では「苦手」というものは、まず取ることはない、ほぼ嫌いを意味するように思える。ということでだろうが、“それは苦手だ“ というような使い方をする人も多いと思う。嫌いと言わずに苦手と言った方が、ネガティブな印象は抑えられる。このブログで私も今まで、苦手と嫌いを同義で使用していたようなものだが、でも少し違うかなというような気もしてきた。

苦手でも嫌いとは限らない。好きではないかもしれないが、中立があるためだ。例えば、私の場合だが、アメリカのトランプ大統領のような、身体のでかい傲慢で威圧的な人は、とても苦手である。会社員の頃から、上司のような人は、こちらより年齢的に上の場合が多かろうし、技術的な面でも経験豊富で遥かに上手にこなせる人も多く、その属性の一部でしかないのだが雰囲気はさらに輪をかけ苦手であった。父親も同様に煙たく苦手な人だった。

でもそんな苦手なトランプ氏や父親のような人でも、こちらに危害を加えるとは限らない。だから、できれば避けたいとは思うが、嫌いというのとは少し違う。今後は区別して使おう。

The  Carlottesville Terrorist