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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

少数派は居心地が悪い

子供の頃から世の中の価値とは合わない、へそ曲がりなひねくれた子供だった。アドラーの素地がその頃からあったのかもしれないが、長いものにも巻かれない少数派で、時には頑固でもあった。周囲の価値感と合わず、居心地の悪い思いをしたことは、数限りないほどある。

最近は居心地が良くなってきているのは、世の中がだんだんと集団の価値よりも個人の自由を尊重する風潮になってきたからだ。私はシガラミを無視し先走りすぎな傾向はあるのだが、それが世の中では徐々に解凍してきたということであろうか。個人の考えは、年を重ねれば重ねるだけ変わりにくいだろう。そのことからすると、古い世代がいなくなり、若い人達が多数派を占めるような新陳代謝によって、徐々に世の中は変わっていくのだと思っている。私が若い人達の考えを支持し、(ほんの少しの影響しか与えていないだろうが)煽ってきたこともあるかもしれない。

 

その思想の根本には個人の尊重があるのだが、今頃の卑近な例として「喫煙」がある。私の若い頃は、禁煙者は少数派だったので、忘年会などの宴会の席は煙たくて、服にも匂いが染み付いてとても嫌であった。煙草を吸う奴は意志の弱い頭の悪い奴だ。巷に溢れている知識では、百害あって一利なしである。にも関わらず吸うのは、頭が悪い(笑)。健康に良くないと知っていてもやめられない、これは意志薄弱だと宣言しているようなものだ。こういうことを言うと、喫煙者から猛反撃を食らう(政治家にも少なくない)。普段は、論理的な物言いをする人ですら、吸う人は煙草は嗜好品だからと訳のわからないことを言い出す。自分が好きで自らの身体を蝕み死ぬのならまだ許す。受動喫煙で他者を巻き込む状態をどう説明するのだろうか。交通事故でも同じだ。一言で言うと、自己中なのであろう。共同体感覚に欠けるのは明白だ。煙草を吸わないことを含めて多くの関心事において、今は多数決をとったら禁煙派は優勢で多数派になっているだろう。

Smoke電話による会話を嫌いメールで済ます傾向は若者以上に早い。今の時期だと、年賀状のメール化をして、20年以上にもなる。手書きからワープロ専用機やパソコンへ、そしてパソコンを使わずにタブレットだけでコトを済ます人も今では不思議がられない。固定電話廃止やパソコン、プリンターなどを含めた断捨離やミニマリスト志向傾向も同様で先をいっている。
唯一の例外と思われるものがガラケー。今や、化石化しつつある圧倒的少数派だろう。スマホへの世の流れから、ガラケーが復活することはないのは確実だ。この種のことは、タバコなどと違って他者に危害を加えることはないので、自由にさせて欲しい。少数派はやはり居心地が悪いのは確かなのだが、ガラケーの最後の1人になっても、サービス停止になるまで信念を貫くつもりである。やはり、私はアドラー派の素質がある(笑)。