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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

これでは老人ホームに行けない

平昌オリンピックも終わった。私は勝ち負けが好きでないから、毎度のこの種のスポーツイベントには、他の皆さんのように盛り上がらない(選挙速報などの時も同様である)。翌日の新聞で日本選手の結果は知りたいとは思うが、あえて生の実況中継を見ようとまでの気が起こらない。騒がしい宴が早く終わってくれ!と願ってもいて、冷めているのだ。

 

今回も疑問に思う点がある。南北朝鮮の合同の統一チームができたからといって、2週間程度でチームワークが果たしてできるものなのだろうか。そんな人の気持ちを短期間で操作できるの?と不思議でならない。競技結果との相関は知らないが。
また、金メダルの小平奈緒さんが銀メダルであった李相花さんの肩を抱いて、相手を大きく包み込む態度はとても素晴らしい美談であり、良いなと思った。でも一方で、優しすぎると勝負には勝てないのでは?と思う。勝負前には、闘志剥き出しだったろうからあり得ないだろう。勝負後、自らで有利な結末を迎えた立場にあったからこそ可能になった勝者ゆえの余裕ではないか。敗者がそうしたって、誰も記事にしてくれない。勝負に負けた李さんは本当はどう思っているのか、悔しくないのだろうか。

2人には真の友情があるって、本当か?と訝ってしまう。スポーツって、そんな綺麗事で済むの?勝利するためには、手段を選ばない選手も良く見かけるではないか。勝負にこだわる人は、やはり心底ではこだわっているのではないかなあ。もちろんあらゆる手段を使ってでも勝利を!という人の数は少ないのかもしれないが、極限までいくと人は何をするかわからない。スポーツに限らず、ビジネスの世界でも同様なのだが。

 

こんなひねくれた発想、世界観を持ちがちなのは私の悪い癖でもある。このブログも発祥の頃は、「へそ曲がりmiketoyのブログ」だった。ブログタイトルであったそれを降ろしたからといって、根本はひねくれたままである(笑)。老人ホームに行くようになったら、このままでは周囲の人と共存しにくい。その時は、他のみなさんと一緒にテレビを見て一喜一憂し、何にでも「そだね!」という、相手のすることなすことに対して全てに肯定、気持ち私もわかるし、同じだよーと、世間と同一化するライフスタイルに変えざるを得ないだろう。でもそこまで自分の気持ちを曲げてまで生きていたくないなという思いもある。

TV Shows We Used To Watch - 1980