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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

忖度は悪いことか?

森友学園問題、前川氏講演の文科省による授業内容報告要請の議員忖度問題などからすると、世の風潮では「忖度」が悪いことの代表のような印象を受けるが、それ自体が悪い訳ではないだろう。

忖度できるということは、相手の言外の意を理解することができるという「能力」である。国語力が高くないとできない。官僚には得意な人が多いだろう。与えられた状況、前後関係の中でいかに情報を引き出せるか、空気を読む能力である。逆にそれができない人がいかに多いかということの方がずっと問題ではないか。

関心を持つ人であれば、この人はどんな人で、何をやろうと目論んでいるか想像するものだ。想像したくもないというのは、その人に関心がないという空気を読まない態度である。


今回の森友学園の問題で佐川宣寿氏が忖度したのは首相周辺であろう。公務員が国会議員などから忖度すること自体が問題なのかは私はわからない。忖度した結果が当人の意図と間違えたならば、それはその人の能力の問題だが、そんなポジションにいるくらいだから、間違えたとは考えにくいだろう。繰り返すならば、純粋に忖度だけなら問題はなかろう。法に背く越権行為は問題だが。

安倍晋三氏が、自分は何も口を聞いていないと主張している。妻本人がこうこうだと言っているのも無責任な発言だ。でも、それらが真実だとすれば、氏も同様に悪くはない。自分の言ったことを、曲解した相手の受け取り方まで責任を負う必要はない。アドラーでいう課題の分離である。相手がどう理解したかにまで(配慮することは必要だが)、最終的な責任を負う必要はない。

Ministras Linas Linkevičius dalyvauja Japonijos Ministro Pirmininko Shinzo Abe vizito Lietuvoje susitikimuose

では、本当の問題は何か。上にへつらう縦の構造そのものだと私は思う。顧客よりも内部の人間への「忖度」を「理」以上に優先してしまう態度である。ビジネスの本質は、理(実際はカネだが)で冷酷に判断することにある。理にかなわないことに関しても、上の言うことにイエスマンであり続け、ケースバイケースだとかで言ってはぐらかし、うやむやにすることである。上の人でも間違うことはある、議論を戦わそう、理に合わないことは、おかしいと言おう!、それでも聞き入れてもらえず自分自身が強いストレスを感じるようなら逃げようと(笑)というのが若い人たちへのメッセージだ。もうリタイアした人は、そういう社会になるように若い人達を応援しよう。