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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

夜10時でも30度を下がらない。我慢?

昨日も最高気温は37度、今朝の最低気温は28度なはずだが、身体も慣れてきたのか過ごしやすい気がした。私が昨年こちら高松に来て驚いたこと。一つはそんな熱帯夜が1月半近く続くこと、そして夜10時まで30度を下がらないことはしばしばあることだ。ニュースでも当たり前のように予報をするし、私も耳タコで慣れっこになったから驚きもしない。

考えてみれば、関東以北の人にとっては夜10時で30度とは信じられない状況ではないか。その30度を下回らないという温度は、気象庁の百葉箱の中の好条件での話。我マンションの部屋は放置すると、(保温効果が良いので)32〜35度をこの夏の期間中ずっと維持し続けている。百葉箱でも30度を下がらないのは当然だろうと思う。ともかく、そのままでは夜に寝つけない。一部屋の寝室はエアコン24時間、30度維持が不可欠だ。明け方、エアコンを入れていないもう一部屋のリビング(食事時だけエアコン利用)の窓を開けていると、心持ち涼しい風が入ってきて、32度でも体感温度を1、2度下げる唯一のホットする1時間だ。6時を過ぎて陽が差してくると、どんどん35度に近づく。ともかく高松は暑さに強い人でないと勧められる地ではないねというのが結論だ。でもエアコンがあるから帳消しで良しとするが、さもなくば引越しだ。

 

さて、世界でも猛暑の異常気象があちこちあるようだ。オマーンでは最低気温が42.6度、アルジェリアでは51.3度だという。すごいなと思うが、日本の最高気温も、あと10度となると、もう一歩だが、こんなところで競い合いたくない。競うと言えば、我慢強くあれとトップアスリートの選手逹は言われているだろう。一方、無理をするなとも言われる。無理をしない生活を続けていると、決して一流の人にはなれない。それでも良いではないかという考えもあろうが、せめて二流レベルは保って欲しいものである。プロならば、三流ではいけない。

話を戻して、仕事に限らず、耐暑性や耐寒性でもそうだろうか。世の風潮は、「無理をしない」というリスク回避の姿勢がこのところ優勢のように思う。今年の暑さは異常で、医師らは「我慢は絶対にだめ」と異口同音に言うらしい。ブログを見ていると、エアコンに対する認識がネガティブな人が少なからずいる。「何時までエアコンを使うのを我慢して・・」とか、しばしば目にする。エアコンを夜通し使っても大した金額にはならないよと言っても、説得力に欠けるのだろうが多分その人の態度は変わらないだろう。一方で、「そんな信じられない、私は18度設定だ」とか自慢気に言っている人もいる。双方が自分と異なる感覚の人に対して批判的なニュアンスがある。

弱音を吐きたい時も「甘えるな!」と叱咤激励されて育ってきたから、私などは前者のほうだ。熱中症予防のために喉が渇いていなくても、作業中は10〜20分おきに水分補給をとかの報道はわからなくはないが、果たしてどうなのだろうと思う。身体は欲していないときにそうすると、植物だって根腐れするくらいだし、人間の感覚を疎かにするのは疑問に思う。暑さや寒さには少しずつでも身体が慣れていく(スポーツで身体を鍛えるのとはわけが違う)側面もあるとか、何だかんだで抵抗する。とは言え、歳を重ねると、感じにくくなるのもまた事実。

自分の身体や周囲の人口環境にコントロール感があるかどうか、(限界はあるとしても)ある程度はこうしたらどうなるということを予測できるようになると良いと思う。特にご年配の世代は、自分に適する温度や湿度の調整ができず、わけのわからない何かに操られている感、無力感を持つのではないかと想像する。パソコン使いと同じ人間とブラックボックスの機械の関係だろう。

私の兄も東京のマンション住まいだが、保守派でエアコンは嫌い、そもそもエアコンも設置していない。熱中症でもしものことがあっても、仕方ないとしか言いようがない。それがその人の尊厳のようなものではないか。それでは周囲に迷惑をかけるよと言っても柳に風、なるようにしかならない。猛暑の夏にはいつも思う心配事だが、双方が覚悟するしかない。

 

ともかく、この手の温度設定の会話は進展しにくいので、あまりしたくない。各自のセンサーによって、温度設定は変わるから不毛な議論だと思う。こういう人に、環境の異変のことや、今時のエアコンの完成度の高さを説いても耳を貸してもらえないし、自分以外の環境への理解も難しいだろう。早い話が、(関係の薄い人ならなおさらで)助言は話すだけ無駄と思い、(ブログには書いているものの、外では)ダンマリになってしまう。程々の妥協点はあると思い記しているのだが、それもある意味では私の価値観の押し付けだ。各自が、自分の予算内で生きている分には、他の誰も文句は言えないはずと私は思うので。

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