にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

機械工学とは何だったのか?

実は私の学生時代の専門分野は機械工学であった。機械とは何かわからずに入学した。周囲はバイクとか自動車好きが多かったこと。私の親の家は、その手の機械はなかったし、関心もなかった(今もあまりない)。だから、周囲とは違和感があった。おまけに、手先が器用でないので、工作などは苦手だった。必修であった機械実習(溶接、鍛造、旋盤など)は「可」は取得できる 2/3の出席ギリギリラインまでサボっていた。思い起こせば、手先の器用さに欠けていただけでなく、この頃から認知症があった(笑)。複雑な作業手順を覚えられないのだ。だから適当にやる、すると上手くできない、ますます嫌いになると言った循環だ。現場作業に近い製図も同様に嫌い、いつも汚い図になっていた。何とかこなせたのは理想を掲げる設計図だった。その設計を支える数学を駆使するような制御理論や材料力学、熱力学、水力学系は一方では好きであった。専門の選択を間違えたと思い、その頃は日々大いに悩んだものだ。でも専門分野だから学ばざるを得ない矛盾を感じながら、全体像がつかめないまま、学校を辞めたい辞めたいと思いながら、我慢して卒業していった感じだ。そういう「我慢」の教育が正しいかどうかは、本日9月20日の新聞記事、論考2018の岡田憲治氏の「成熟社会と教育」の記事を読んでわからなくなってきた。

これだけ!機械工学

基礎から学ぶ機械工学 キカイを学んでものづくり力を鍛える! (サイエンス・アイ新書)

ともかく、それ以降は、専門分野を情報系に変えたようなものだから、「機械」とは接点のないまま生き伸びられた。でもこのところ、機械とは果たして何だったのだろうと、振り返ってみたい気はある。この手の本を読んで、ああ「機械」とはそういうものだったのだ、今のメカトロニクスの制御系やコンピュータ系を駆使する機械工学のメニューならば、そこまで不適応にはならなかったと思う。機械工学を勉強をし直したい気はさらさらないけれど、当時見えなかった全体像を意識しながら懐かしむことは悪くはないかなと思っている。

ただ、当時の本は古びて読む気が起こらない(そもそも2年前の断捨離で全て捨てている)。今日まで続いているロングセラーは存在しないし、探せるのは図書館であるか、開架にはないから目につく機会もない。今は、読みやすくわかりやすい本が増えているので好ましい。上記の2冊はそんな本だった。