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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

どのくらい過去のことを覚えているか?

過去にあまりこだわり過ぎるのも問題だが、多少なら許されるだろう。私達はどのくらい過去のことを覚えているのだろうか?私の場合は5年くらいだろうか。それは情報機器と関連しているのだ。

写真の整理をして、過去の旅行などのイベントを思い出している。非日常だから、写真イメージでの記憶のインパクトは鮮明だ。でも、若い頃からあまり写真を撮らない方だから、あまり他の手がかりが残っていず、思い出せないことも多い。写真はその手がかりとして貴重だということだろうが、撮らなかったのは感動が少なかったこともあろうが、写真化するとお金がかかるということも大きかったかもしれない。今ではデジタル写真を撮るのは、無料のようなもので、撮った後に良いものだけ残せば良い。それと併せて備忘録としてブログでも記事にしているから、キーワードで検索してその時の気持ちも記事をもとに思い起こせる。デジタル化された写真とブログ、2つの良い道具が手に入ったものだ。

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ただ、写真がどこに存在するかが問題だ。昨日の記事でもポケット1つ原則に触れたが、私の場合の具体的なケースを整理しておく。「タブレットで何でもこなす」を抱負に挙げたのが2015年の元旦、それから4年の主力母艦機がパソコンから iPad mini2にシフトした。写真データは、その内蔵ディスクに保管されている。その前は、パソコンの MacBook Airで4年分、iPad出現してからも数年は(スマホタブレットでは)まだ十分に処理できなかったから、主力機はパソコンに頼らざるを得なかった。今は遜色ないのでは?と思っている。

2010年以前となると、Windowsパソコンを使っていた。定番アプリも存在していないし、ディスク容量も少なかったので外部ストレージを、USBメモリーやSDカード、メモリーステック、コンパクトディスク、マイクロドライブ、もっと古くなるとケイタイのカメラ機能も貧弱だったがそのデータファイル、この頃になると互換性もなくもうダメだ。ファイルのポケットはめちゃくちゃで管理は不能状態だ。他の頼りは、残っている手書きやワープロの紙の書類やメモだ。同じ IT進歩の激しい歴史の時代の中を人々は生き、類した IT 環境で暮らしていたはずだから、似たような苦労を抱えていたのではなかろうか。

私の場合は、2006年以降はブログとしてまとまっていて、書籍化も完了しているので一覧性良く閲覧できる。メールは2000年くらいから年賀メールをしだしたので残してあるが周囲は紙の年賀状だったから、一部だけだ。1990年代で残っているのは、当時の中身の乏しい文書だけだが、それもきちんと管理はできていないし、(もうどうでも良い過去なので)する気も起こらない。それ以前は日記のような形で残していなかったから、虚ろな記憶だけが頼りだ。記憶は IT機器とともに変容していったのだろう。

過去は取り戻せないので、今後は身近にタブレットがあるので、これからの残りの人生はきちんと記録すべく留意していきたい。